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取材記事内を検索ワード「ダム」で検索した結果,64件の記事が見つかりました。

「スタジオK2」移転のため一時閉店

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 津山唯一のイベントプランニング会社のスタジオK2が、道路拡張工事に伴う立ち退きで、2020年2月24日(月・祝)をもち、一時閉店となりました。音楽好きの方々の想いでのスタジオ風景が消えるのは寂しいものです。そこで社屋が取り壊される前の3月8日のお別れ会の様子を送ってもらい写真集にしてみました。
 「敷地内でのリニューアルオープンを予定しておりますが、練習スタジオ、また、定期的なライブは現状営業再開の目途が立っておらず、暫くの期間ご不便、ご迷惑をお掛けいたします。」とのことでした。

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美作歴史ネットで訪ねた中世式内八社の秋祭り

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 2019年度美作歴史ネット地域研修会のお誘いで真庭市社の「式内八社」について学んできました。
式内社:延長5年(927)に完成した『延喜式』第9・10巻「神名帳上下」に記載された神社。美作11座(10社)、備前26座(21社)、備中18座(18社)
美作の式内11座(一宮中山神社、二宮高野神社、三宮天石門別神社、社八社)
―中世の遺産・文化が色濃く残る社へ―
 山々に囲まれ、清らかな水が湧く、自然豊かな社地域は、まさに日本の原風景。そんな社地域には、神社や御堂、石造物、城跡などの歴史遺産が数多く点在しています。
 平安時代、醍醐天皇の命で編纂された『延喜式』に記載された重要な神社は、「式内社」と呼ばれていました。『延喜式』に記載された美作国11の式内社のうち、社地域にはじつに8つが集中しており、古代から神聖な場所とされてきました。中世以降にも多くの記録に記載され、古い形をとどめる祭りや行事も残っています。
「式内八社」とは佐波良・形部神社(県社)、二宮(長田、兎上、壱粟・大笹、久刀神社)、横見神社の8つの神社の通称です。(文:式内八社の里めぐりパンフレットより)2019年10月9日撮影

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2019 津川ダム湖周辺の紅葉

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 2019年11月21日雨が降る中、津川ダム湖周辺の紅葉を眺めてきました。丁度見ごろかと思われますが、生憎の雨模様なので、車の中から眺めてきました。真っ赤になったモミジもですが山々の木々も緑色や黄色の美しい色で迎えてくれました。雨の時はドライブしながら車窓から眺めるのもいいもんです。(2018年の様子はこちら

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別所山 無量壽院 安養寺(鏡野町)

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 当山の開祖は、嵯峨天皇の時代嵯峨山と伝えられていますが不詳です。播磨の三木城主別所家の菩提所として再建され、別所寺と呼ばれていました。
 天正八年(1580)正月に三木城が落城し、別所長治自刄の翌年、宇喜多和泉守直家により別所山安養寺と命名されました。慶長の初め、快鏡上人により再興され、度々の災禍の後、弘化三年(1846)に日笠快道上人が新住され、私財をもって本堂、庫裡を再建され、宝筺印塔を建立、西国三十三観音を勧請、野津羅井堰築堤して水路を開くなど、中興の祖となられました。久田村安養寺の略歴です。
 平成五年、もとは旧奥津町土生にあり、奥津ダム建設のため当地を得て再建、平成十年四月に落慶しました。
 本尊は、阿弥陀三尊です。他に鎌倉後期の等身大十一面観音、室町期の不動明王ほか、聖観音、弁財天、毘沙門天などを祭祀してあります。西国三十三観音は南の山、岡山から北の山、天王ノ木にかけて勧請し、遊歩道も整備してあります。(文:『高野山真言宗美作八十八ヶ所霊場』より)(写真:2019年9月16日・20日)

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栃原公園 岸田吟香記念碑(栃原)

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岸田吟香翁胸像文
 岸田吟香翁は天保四年(一八三三)久米郡垪和村大字中垪和谷(現旭町栃原)に生まれ一九歳のとき江戸へ出て昌平黌、藤森天山塾などで漢学を修めたあと、アメリカの宣教医へボンに医学を学びながら「和英語林集成」の編集に協力、元治元年(一八六四)ジョセフ・ヒコらとわが国最初の新聞「新聞紙」を創刊、慶応四年(一八六八)「横浜新報・もしほ草」を発刊、明治六年(一八七三)「東京日日新聞」の主筆に迎えられわが国の近代的文章の確立に寄与、その間目薬「精錡水」の製造販売を家業にして石油採掘、製氷、定期航路の開拓などを始め盲唖学校「訓盲院」の創設など文明開化期の先頭に立って活躍した。(文:現地銘板より)(2019年8月18日撮影)

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大山みちを歩こう会(第6区)

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大山みちを歩こう会(第6区)立石~延助間(9.7㎞ 実質距離 10.5㎞)
 令和元年5月19日(日)、主催:出雲街道 勝山宿の会
■大山みちとは
現在の真庭市久世を中心として、東西には五街道(東海、中仙、甲州、日光、奥州)に匹敵する、重要な出雲街道(姫路~松江)があります。出雲街道は雲州と大和朝廷や京大阪を結ぶ、幹線となっていました。また南北には、古くより「大山みち」と呼ばれた古道があり、備中の国分寺跡を発し、足守より粟井温泉~掛畑~千升乢~加茂市場~尾原~鰻出~鹿出~落合~久世~三坂峠~禾津~藤森~延助~内海乢を経て、御机~鍵掛峠~伯耆大山寺に通ずる道があります。陰陽を結ぶ代表的な路線であり、人、物、牛馬、文化を運び、また、農民一揆の道でもあり、大山詣での信仰の道でもありました。現在ではその殆どは、一般道路に併合吸収されて昔の姿は止めていません。

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西新座西・西新座東(小田中)

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 寛永14年(1637)城西小田中村のうち本源寺から聖徳寺までの間に開いた侍の屋敷町で、大塚兵庫ら15人が住んだのが始めであるといわれています。元禄元年(1688)には戸数30戸ありましたが享保年間(1716頃)に屋敷を撤去して農地としました。現在150戸ほどありますが、城西通りの開通で風景も変わり住宅地帯の表情をみせています。西新座の一角に津山市立西小学校や城西保育園があります。大正15年(1926)ごろ建設され津山西尋常小学校として授業がおこなわれ、現在250人ほどで少子化の現状です。学校の裏側に昭和50年ごろ、スーパーニシナ・サンバレー店が開店され、食料品や生活雑貨など販売の店舗として繁盛していましたが、近くに近代的な大型スーパーなどの進出によって、しだいに客足がすくなくなり、平成13年の年末に閉店しました。

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大山みちを歩こう会(第5区)

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大山みちは、信仰と牛馬の道です。霊峰伯耆大山への参詣を目指す旅人と博労座で開催される市へ向かう牛馬の群れが行き交った道です。大山みちは、岡山市の足守より粟井温泉~掛畑~千升乢~加茂市場~尾原~真庭市鰻田~鹿田~落合~久世~三坂峠~禾津~藤森~延助~内海乢を経て、鳥取県御机~鍵掛峠~大山寺に通ずるルートです。現在ではその殆んどが一般道路に併合吸収され、往時の姿を留めている箇所はあまり見ることは出来ません。
現在、「大山みち」を6分割して、歩く会が実施されていますが、今回はその5回目(5区)に当たります。5区のコースは2コースに分かれます。本道は、柞乢越えで距離も短く急ぎの旅人に利用されて来ました。もう1つのコースは、湯原温泉に1泊して休養を取り、旧二川村の三世七原、小童谷(湯原ダムにより水没)を経由して、野田で本道に合流する道でしたが、現在は消滅してたどることは出来ません。
歩く会は、あと6区を残すのみとなりました。第1回は平成26年に既に終えていますが、釘貫小川から三坂峠を越えて久世に至る峠道です。この間は全体の約70%が山道です。第5・6区も山中の道で、それに次ぐ昔の面影を最も残している区間と言えます。  (第2回の様子はこちら

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津川ダム公園の紅葉 2018

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 津川ダム公園の紅葉2018年11月7日の様子です。
曇り空ではありましたが、ほんの束の間太陽が顔をだしてくれ無事に紅葉を撮ることが出来ました。今年も山々が五色に染まり雅でした。とても美しいものを独り占めで大きな声で叫びたいくらいでした。先日、附近にお人がおられたので感想をお聞きしたら、「大好きでよく来るんです。」と名古屋や広島、岡山からお出でになったグループさん。また、来てくださいね。

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MEETBALL(ミートボール)プラモデル展示会

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2018年7月21日・22日の二日間アルネ津山4F文化展示ホールに於いて、MEETBALL(ミートボール)プラモデル展示会が開催されました。その昔懐かしいサンダーバードの映像を見ながら、テレビにかじりついていた頃を思い出しました。また、会場では子ども達が大人に混ざってプラモデルを楽しそうに作っていました。
 「模型製作は、時間と集中力との戦いでありますが、完成した時の満足感はこの上もない喜びです。今年もメンバー各自、年代もジャンルも違う、ものづくり大好きな仲間の作品を展示しました。」

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