西新座西・西新座東(小田中)

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 寛永14年(1637)城西小田中村のうち本源寺から聖徳寺までの間に開いた侍の屋敷町で、大塚兵庫ら15人が住んだのが始めであるといわれています。元禄元年(1688)には戸数30戸ありましたが享保年間(1716頃)に屋敷を撤去して農地としました。現在150戸ほどありますが、城西通りの開通で風景も変わり住宅地帯の表情をみせています。西新座の一角に津山市立西小学校や城西保育園があります。大正15年(1926)ごろ建設され津山西尋常小学校として授業がおこなわれ、現在250人ほどで少子化の現状です。学校の裏側に昭和50年ごろ、スーパーニシナ・サンバレー店が開店され、食料品や生活雑貨など販売の店舗として繁盛していましたが、近くに近代的な大型スーパーなどの進出によって、しだいに客足がすくなくなり、平成13年の年末に閉店しました。

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 西新座の西に昭和の始めごろ家畜市場が畜産組合によって建設され、にぎやかに牛市が開かれていました。市の開かれる期間は非常な賑わいで、旅館や飲食店などが潤っていました。牛市はせり人が賑やかに値をつけて、しだいにせり上げて最高値の人に売るという原始的な方法で行われていたと言われています。昭和38年(1963)ごろ家畜市場の統廃合で津山口に新設され廃止されました。苫田ダム完成後、独身寮跡に城西公民館が平成19年7月に建設され、15町内の地域コミュニティーの拠点として、各種の講座が開かれ多くの方々が利用されています。
 西新座東には昭和40年代に城西区画整理施行されて城西通りが完成して、城西児童公園が設置されました。(文:『作州城西史』より)(2019年1月14日撮影)