第5回 大山みちを歩こう会(第5区)

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大山みちは、信仰と牛馬の道です。霊峰伯耆大山への参詣を目指す旅人と博労座で開催される市へ向かう牛馬の群れが行き交った道です。大山みちは、岡山市の足守より粟井温泉~掛畑~千升乢~加茂市場~尾原~真庭市鰻田~鹿田~落合~久世~三坂峠~禾津~藤森~延助~内海乢を経て、鳥取県御机~鍵掛峠~大山寺に通ずるルートです。現在ではその殆んどが一般道路に併合吸収され、往時の姿を留めている箇所はあまり見ることは出来ません。
現在、「大山みち」を6分割して、歩く会が実施されていますが、今回はその5回目(5区)に当たります。5区のコースは2コースに分かれます。本道は、柞乢越えで距離も短く急ぎの旅人に利用されて来ました。もう1つのコースは、湯原温泉に1泊して休養を取り、旧二川村の三世七原、小童谷(湯原ダムにより水没)を経由して、野田で本道に合流する道でしたが、現在は消滅してたどることは出来ません。
歩く会は、あと6区を残すのみとなりました。第1回は平成26年に既に終えていますが、釘貫小川から三坂峠を越えて久世に至る峠道です。この間は全体の約70%が山道です。第5・6区も山中の道で、それに次ぐ昔の面影を最も残している区間と言えます。  (第2回の様子はこちら

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第5回 大山みちを歩こう会(第5区)
立石~禾津間(11.5㎞ 実質距離9.5㎞)平成30年10月14日(日)実施

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■道しるべ石(立石)
立石の四つ角にある、立石コミニティハウスの前庭に、二つの道しるべがあります。
1.「道は映す村の姿」
施行 勝山 角南組 とあり昭和30年に、湯原ダム補償工事として、立石~野田間の記念として、寄贈建立されました。
2.「道しるべ石」
文字は読み取れませんが「みちも備ちう(中)」「このわ いせ(伊勢)道」

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元中学校

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まつ毛を付けた二宮尊徳さん    昼食              二川ふれあい弁当

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                野田の四つ角

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■道しるべ石(野田)
ものの本によると、野田の四つ辻付近に有ると記載されているが、現在の位置は道路の上の発見しにくい場所にある。
地蔵浮彫がしてあり、文化十三丙子年 たねむら 片山□□ と刻まれ
右ハ いせ(伊勢)
左ハ やま みち とある。

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■大日如来・大師立像(三倉)
自然石に大日如来 明治十九年四月と刻まれている。

大師立像と伝わっているが、行者の姿が記されている。
安政三丙辰四月日 権大僧都寛老院 進 兵衛 と刻まれている。

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柞乢へ向けて元気に歩いています。         先祖供養塔

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少し肌寒い天候でも、歩けば汗がでてきました。

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誠光自然居士像
三倉集落より柞乢に向かって、1㎞程上って行くと自然石に「誠光自然居士」と記した塚がある。言い伝えによれば、山中一揆で処刑された、犠牲者の塚と言われている。

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登りが続きます。

■柞乢
三倉を発し上り道となり、三倉と羽部を隔てる峠道です。5区では中央付近に当たり茅森までの下りの道となります。

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上り坂が終わり、ちょっと一息。  下り坂になりました。

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■大日如来地蔵(羽部)
柞乢を過ぎ坂を下ると、羽部集落の手前に、浮き彫りの地蔵尊があり「大日如来」が祀られています。台座に明治四拾年
願主 池田宮造とあります。

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平坦な道が続きます。

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■大師堂(羽部)
羽部の集落の下流側に、老朽化した小屋があります。大師堂です。
山中四国八十八ヶ所霊場30番 羽部堂とあり、観音菩薩外仏像が祀られています。

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■妙法河嶋大明神 (奥茅森)
奥茅森の掛かりの、対岸にある空き民家の裏に、河嶋大明神の塚と、小さい自然石の墓がひっそりと鎮座しています。由緒は不明ですが、河嶋家の先祖に功績のあった人の顕彰碑と思われます。

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■無名碑 (奥茅森)
道路工事の最中に出土したもので、無銘ですが、何か由緒の有る物と思われ、道路脇に設置しております。

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■清清公 (奥茅森 各務和裕邸)今回、休憩所として利用させて戴いております。

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暫し休憩して恒例の甘酒接待を行います。また、各務邸には本宅内に「清清公」が祀られています、拝観して下さい。

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■題目石(撮り忘れ)
各務邸を出発して少し下れば、自然石の「題目石」があります。

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摩利支天仏

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■日朝大菩薩(茅森)
各務家グループの大墓地の中央に、日朝大菩薩の大きな塚があり、眼病に良いと刻んであります。

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■八幡神社・宗像神社(禾津)
1.八幡神社
祭神(誉田別命 息長帯姫命 豊受姫命 素戔鳴尊 大山祗命 熊野三社神外多数)
氏子(豊栄 禾津 仲間)
末社(宗像神社 疫神社 矢満宮 尾崎神社 山祗神社 祖霊社外)
当社の創建年代は不明であるが、古宮屋敷にあった時、康正二年(1456)秋の大洪水で堤防破壊により、一部が流失し、後に現在地の宮の平の地に移祀された。

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現社殿は、棟札によれば延宝二年(1674)十月建立、元禄十一年(1698)九月建立とある。古来 土居の八幡さまと呼ばれ、国主森忠政公、その後は領主三浦公の崇敬を受け、明治四年(1871)八幡神社と改称された。

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2.宗像神社
古来姫宮様と言われ、祈祷に霊験があり、伯耆 出雲 美作 備中 因幡に名声高く祈祷の絶え間がなかった程の、霊社であった。

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(文:出雲街道勝山宿の会主催 大山みちを歩こう会"第5区"資料より)