【津山人】 白石 哲 氏(1924~2012)
三鬼の最後の弟子 白石 哲さん、俳号は白石不舎(しらいし ふしゃ)
大正13年(1924)、津山市生まれ。西東三鬼に師事。遺言により津山に西東三鬼之墓を造立す。以後俳壇と無縁も上京後三橋敏雄らと交遊、俳諧滞らず、昭和61年帰郷と共に、西東三鬼顕彰を志す。「綱」主宰。句集「作州」。西東三鬼賞委員会副委員長。
平成24年2月27日、逝去。
三鬼の最後の弟子 白石 哲さん、俳号は白石不舎(しらいし ふしゃ)
大正13年(1924)、津山市生まれ。西東三鬼に師事。遺言により津山に西東三鬼之墓を造立す。以後俳壇と無縁も上京後三橋敏雄らと交遊、俳諧滞らず、昭和61年帰郷と共に、西東三鬼顕彰を志す。「綱」主宰。句集「作州」。西東三鬼賞委員会副委員長。
平成24年2月27日、逝去。
縁起、本尊の阿弥陀如来は遠く千四百余年の昔、佛教伝来の砌り、百済の聖明王献じた佛像を蘇我蝙蝠の臣に賜いしものと作陽誌等の古文書に記す。蝙蝠の臣蘇我を改 めて田口氏と為し、貞観年中美作の地上田邑に寺院を建立、阿弥陀寺と号す。正平十八年、田口薩摩守光政によって堂宇の修造が加えられ、光政亡き後、姓氏を 以って田口山とし、法名引乗寺殿を以って寺号改む。永禄年間、戦乱の災に本尊阿弥陀如来損傷を被る。故に像現本尊の肚腹内に蔵すと伝う。(美作八十八ヶ所霊場HPより)
2014年1月14日の沼弥生住居址群の様子です。
津山市沼、津山盆地が見渡せる丘の上にある弥生時代の集落跡。竪穴式住居・高床式倉庫・作業場があったとされ、現在ではそのうち、竪穴式住居1棟と高床式倉庫1棟が復元されています。隣接の津山弥生の里文化財センター(入場無料)で発掘成果などを見学できます。
美作国ミステリースポットとして紹介されている中の【箱岩(函岩)】2013年12月8日(日)
「美作国は謎に満ちて」の中に出ている「箱岩橋」。確かに箱岩橋のたもとに、巨大な岩が重なっていた。急な崖を無理やり降りると、岩の継ぎ目に箱形の隙間がある。ミステリーの本の中では「陰陽師の安倍 晴明・蘆屋道満がここに日本地図をおさめていた」また「幕末の安政の大地震で通路がふさがり、入ることができなくなった。
奈義八景 屋敷の滝(2013.11.28)
戦国の武将、延原弾正の屋敷跡があったといい又、日本原開拓の先駆者、安達清風の屋敷跡ともいうところから屋敷の滝といわれている。高さ40m・谷幅30mの滝で、国道53号線を鳥取に向かって行くとループ橋がある。その橋を渡ってしばらく行くと左手に「屋敷の滝」の案内板があります。急な山道をくねくね行くと辿り着きます。
2013年9月23日(月・祝)11:00~ 「谷崎潤一郎の歌碑」建立式典がありました。
この度、切なる思いで暖めてきました「谷崎潤一郎の歌碑」建立が実現の運びとなりました。 この歌碑は、歯科医で当館代表の豊福恒弘氏によって建立されるものです。
歌碑は谷崎潤一郎が疎開中に散歩をして歌を詠んだ吉井川沿いの歩道(今津屋橋北西の歩道沿い、アルネ入口交差点)に設置されました。
新野西下の産土神であり、社伝によれば長暦元年の創立、菅原道真公を祭神とし天満自在天神と唱えられた。明治六年に新野神社として改称して村社に列し、明治九年天満神社と改めた。新野まつりには当社の神輿一体が新野山形稲塚野に神幸し、祭典が終わったのち山形八幡神社から本社の神輿にお鏡餅一重と小餅十二個を苞に入れた「苞餅」が与えられるのが古来からの慣例である。(勝北町誌・歴史めぐり資料より)2012年10月26日取材
津山洋学資料館は平成22年3月に新館がオープンし、その前庭に宇田川玄随・宇田川玄真・宇田川 榕菴・箕作阮甫・箕作秋平・津田真道の5人の胸像が置かれています。いつも拝見するのですが、はて?この方たちの年代と何時、何処で、何をしたかがごちゃまぜとなってしまっているので、各人のプレートから少しまとめてみました。
津山洋学資料館(つやまようがくしりょうかん)は、岡山県津山市の城東町並み保存地区にある博物館です。建物は「津山洋学五峰(宇田川玄真・箕作阮甫・津田真道・宇田川玄随・宇田川榕菴)」をモチーフに五角形を基本として設計されたとされています。
2013年8月18日(日)今日で津山城模擬天守閣ともお別れなので、少し遠くから見てきました。半分の大きさとはいえ遠くからでもよく見えるものですね。私が行った中では全体が一番よく見えたのは小田中の山の上でした。この模擬天守閣が無くなってしまうのは残念ですが、昔の人はこんな感じで津山城を見ていたのだろうと往時を忍びながら眺め、真夏のひと時を楽しませていただきました。
「第35回 津山納涼ごんごまつり」が2013年8月3日(土)・4日(日)に吉井川河川敷周辺でありました。初日は、暑い日差しの中でオープニングがあり、ごんご踊りなどで大いに賑わっていました。二日目は、降ったり止んだり、時にはどしゃ降りの雨の中でのイベントになりましたが、それでも大勢の観客の皆さんは傘をさしながら河川敷で花火を観ておられました。