さくらまつりオープニングセレモニー
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さくらまつりのオープニング(2012年4月1日)
時折小雨がぱらついて、肌寒い日になりましたが、みんな元気よく津山情緒を踊ったり、鶴山さくら太鼓が威勢の酔いパフォーマンス。また、もち投げもありました。残念ながらさくらの花が咲くのはもう少し先です。
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さくらまつりのオープニング(2012年4月1日)
時折小雨がぱらついて、肌寒い日になりましたが、みんな元気よく津山情緒を踊ったり、鶴山さくら太鼓が威勢の酔いパフォーマンス。また、もち投げもありました。残念ながらさくらの花が咲くのはもう少し先です。
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2F展示室 特別企画展 「棟方志功・まぼろしの初期作品集展」
3月31日(土)~9月30日(日)
今回の企画展では、処女版画集である『星座の花嫁』をはじめ、初の裸婦作品集となった『ヴェニュス生誕』、今回発見され、「開運!なんでも鑑定団」にも登場した幻の作品集『季節の花籠(草稿)』など、初期の貴重な棟方志功の版画作品集を一同に展示しています。
「季節の花籠」は、不動明王に始まり、不動明王で終わる作品集で、河井寛次郎に学ぶ以前の志功の仏教観をはじめとする様々な心象、題材、表現手法が各作品にテーマとして現われており、将来の棟方作品を見事に予感させてくれます。
昭和初期、棟方志功が、貧困の中で試行錯誤しながら版画に取り組み、自身の作風を確立して行くまでの過程が良くわかる作品展です。入場料:500円(1F企画展もご覧になれます。)
文:棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)提供

「出張!なんでも鑑定団in津山」が8月26日に津山で開催・収録が決定しました。
今回は、2008年に引き続き2回目の出張鑑定です。
主催は1回目と同様「棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)」となります。
棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)開館4周年を記念しての開催です。
観覧募集やお宝募集の要項は添付資料の通りです。
開催日:8月26日(日)12:00開場、13:00開始(予定)
会場:津山文化センター
応募方法:
「お宝応募」:鑑定出場申込書にお宝の写真を添付して応募。申込書は、M&Y記念館、アルネ津山、津山観光センター等に設置。
「観覧応募」:往復はがきにて応募。往信面に「出張!なんでも鑑定団観覧希望」と書き、住所、氏名、電話番号、入場希望者数(2名まで)を記入、返信面には住所、氏名を記入ください。
応募先:
〒708-0814 津山市東一宮13-8
棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館) 「出張!なんでも鑑定団」係
0868-27-3239
応募締め切り:6月30日(土)必着
※お宝の選考は番組スタッフが行い、採用の可能性がある方には、TV番組スタッフから直接連絡があります。
※観覧募集は、応募者多数の場合は抽選となります。
※お宝応募者、M&Y記念館会員には当日の観覧券が進呈されます。
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河面にある清瀧寺は、作州きっての古い真言宗のお寺である。(お寺シリーズ、レポート記事)
旧「岡山県勝田郡誌」(初版 大正元年)に、「本郡には役の小角夙に来り聖武の朝国分寺を建てられ又行基来り空海来り圓仁来り各寺院を創造す 故に古来巨刹多く宗派は真言を最多とす天台之に亞ぐ」と記述されているように、真言宗の清瀧寺は、まさに、弘法大師(空海)ゆかりの古刹とされている。
空海が唐の都長安で修行に励んだ寺は、青龍寺であり、ゆかりの寺院名称であるうえに、寺伝によると、平安時代初期の弘仁12年(821年)、嵯峨天皇が弘法大師に命ぜられて建立されたとされている。墨池山というのも、雨乞いの加持祈祷を行った弘法大師が、自らその筆を洗ったという「墨の池」も伝説にちなんでの山号であり、今も伝説の墨池という小池が残されている。
清瀧寺の往古は、広大な七堂伽藍をようして、多くの僧坊があり、西光寺・真福寺など7カ寺の末寺を持つほど栄えたらしいが、中世戦乱に巻き込まれ、やがて廃絶したと言われている。(2012.3.20)
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田熊 八幡宮神事場と南参道口の石碑群(2012.1取材)
田熊西山集落の南側にある丘陵上の平坦地は、八幡宮の神事場となっている。神事場とは、お御輿のいわゆるお旅所のことである。祭礼のとき、田熊八幡宮を出たお御輿は、左折して西ノ谷集落に入り、南側の神事場参道の坂道をいっきに上って、ここで神事を催した後で、休憩をしている。神事場は、今でこそ片隅に石垣の御輿台を残すのみで、全体が小グランドのようなゲートボール場に様変わりしているが、戦前は、南側の参道と共に松並木の大木に囲まれた草原で、祭礼に多くの幟(のぼり)が立ち並び、神聖さを感じさせられる場所であった。
田熊八幡宮が、あまりにもけわしい坂道を上っていかねばならぬため、足の弱い年寄りや婦人・幼児たちのとって、神事場がお祭りのお参り場所であった。そのため、ここで輿練りなど盛大に神事が行われたことから、大勢の人が集まるようになり、戦前は、出店も数軒構えられるほどに賑わったそうである。