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取材記事内を検索ワード「津山城」で検索した結果,556件の記事が見つかりました。

第27回 出雲街道 津山城東むかし町」のイベントが行われました。

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2016年11月6日(日)午前10時~重要伝統的建造物群保存地区一帯で「第27回 出雲街道 津山城東むかし町」のイベントが行われました。当日は曇りで少し雨もぱらついていて心配しましたが、何とか雨も降らずに皆さん楽しんでおられました。出雲街道沿いの1.2kmが歩行者天国となり、時代行列や津山城東音頭をはじめ、物産市やホルモンうどん、出雲街道そば、箕作うどん、猪鍋などのグルメ、消防音楽隊パレード、自衛隊パレード、オリエンテーリングなど様々なイベントが催されました。(2015年の様子)

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津山城完成400年記念「徳守神社の秋の大祭」

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本年、津山城完成400年を記念し、従来行われていた徳守神社大祭を大きく進化させ、その一つの姿として、奴通りにて新たにお旅所を設け、津山総祓神事を執り行うこととなりました。
 当社は、1604年に津山藩初代藩森忠政公にて現社地に造営されました。当時はまだ不安定な時代で津山城築城に当たり、津山城とその城下町の守護神として造営されたと伝えられています。大坂夏の陣にて使用された鉄盾を森公が当社に奉納されたのもその証の一つと言えるでしょう。
 この度の徳守大祭は、当社の時代背景の具現化を目指し、甲冑と火縄銃をテーマに企画されております。当時津山でも組織されていた津山城鉄砲隊が、その子孫により復活をしており、今年よりと徳守大祭に初参加いたします。また、古くは徳守大祭の神輿行列はカ甲冑を装着しての所役もあり、この故事から現在甲冑を正装として活躍されている、備州岡山城鉄砲隊にもご参加いただきます。(文:徳守神社案内より)(2016年10月23日撮影)

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【津山人】桜の植樹に心血を注いだ福井純一

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桜の植樹 
 鶴山公園は岡山県内で唯一、全国桜名所百選に選ばれている桜の名所である。この桜の植樹に尽力したのが福井純一である。福井家はもと真庭郡久世町の在で、酢の醸造業を営んでいた。天保年間(1830~44)に分家して津山に移り住んだ。純一は明治11年(1878)1月31日、父・周二郎(別名・浪二)の長男として、津山市本町二丁目に生まれた。津山成器小学校から同志社中学に進むが、父が病で倒れたため、中退して帰郷する。

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戦前の徳守大祭の甲冑行列を映した貴重な写真

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2016年10月23日(日)に徳守大祭が行われます。今年は津山城完成400年記念として鉄砲隊古式砲術発砲演武が午後1時過ぎから奴通りで行われるそうです。とても楽しみです。徳守神社のFBに載っていた当時の古い写真をお借りして組んでみました。
 「当時を覚えておられる宮司の話によると、武者甲冑の後ろに奴が続くまさに大名行列さながらで、その後に大神輿が続いていたそうです。」(徳守神社FBより)

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津山城跡で行われた博覧会

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姫新線全通記念・産業振興大博覧会が津山市主催で昭和11年3月26日~5月5日の期間に行われた時の記念写真です。この写真は第一会場の写真と書いてあります。(上記写真の提供は保田扶佐子さん)


 津山城は明治維新後の廃城令により建物は取り壊されてしまいました。しかし、その後の保存運動により城跡は「鶴山公園」として整備され、また、福井純一氏などの尽力により、桜の名所としても有名になり、津山のランドマークになっています。
 現在でも桜の季節には「津山さくらまつり」が開催され、また、その他にも数多くのイベントの会場として使用されていますが、過去には、津山で3回行われた博覧会の会場にもなっていました。巾でも昭和11年(1936)に行われたものでは、元々の形とは全く違うとはいえ目玉として天守閣が再建されています。その天守閣の写真などが様々な機会などで紹介されており、ご存じの方も多いと思いますが、博覧会の様子を知る方は少なくなっています。
 そこで、ここでは当時の古写真や記録を基に、再建天守閣以外の博覧会の様子についてご紹介します。(文:津博No.84より抜粋)

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津山城(鶴山公園)の彼岸花(曼珠沙華)

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2016年9月24日と27日に津山城(鶴山公園)の彼岸花を撮りに行って来ました。
 このところ台風も多く、雨が続いている蒸し暑い津山ですが、思い切って出かけてきました。石段が多くて少しくたびれるのですが、綺麗に咲いている彼岸花に出会えてよかった。また、昨年より少ない感じがしたのでお聞きしてみると、「よく解らないのだけれど、さくらの木の保護の為、盛り土をしたから少ないのでは?」とのことでした。

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金峯山修験本宗 長命山 多寶寺(旧勝北町)

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 新野村史によれば、往昔の吉備中山は和歌題詠の名勝であった。その中山の麓山形の地に、長命山 多宝院とと唱へる修験道場があり、慶長年中津山の城主森美作守忠政が、津山城 艮の鬼門除祈願所として、陣具を奉納せられたとの傳があり、現在津山市大谷の石山摩利支天も此時に祀られたとのことである。昭和年中より文化年代に渉って の住職、七代目大僧都宗春、八代目権大僧都宗栄の二代は、相続いて苦行を修し、厄難除けと併せて、女人安産に霊験顕著であった。(2016年8月2日撮影)(前回の取材2012.10.27)

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阿波の高福寺のアジサイ

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2016年7月2日の阿波の高福寺です。津山市内より少し離れた所というより奥に阿波の高福寺があります。ここは気温も市内より少し低く、アジサイもすこし遅めに咲き出します。この日はあいにくの梅雨空ですっきりとしていない空でしたが、緑一色の中にアジサイの花が映えていました。(2009年の取材)(2015年のアジサイ)

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2016年、長法寺の紫陽花

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長法寺(ちょうほうじ)初夏の風情「紫陽花」
 明治6年津山城が取壊しになった時、城からアジサイの絵を描いた腰高障子を贈られたのを記念して境内に植え、現在は30種、約3000株が群生し、初夏の風情を求めて訪れる人の目を楽しませています。阿弥陀堂(説教堂)は、阿弥陀如来を本尊とし、脇侍に天台大師、伝教大師をおまつりしている。現在のお堂は弘化2年(1845年)西方にあったものを移し、阿弥陀堂兼客殿として再建す。
明治6年(1873年)津山城取り壊しの際贈られた。本丸御殿の鬼瓦、鯱(しゃち)、紫陽花(あじさい)の絵を描いた襖障子がある。(2009年6月4日)(2010年の様子)(2015年の様子)(2016年6月9日、6月13日撮影)

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津山城(鶴山公園)内のさくらと裏門で咲くさくら

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2016年4月20日の津山城(鶴山公園)内のさくらと裏門で咲くさくらを撮影してきました。
さくらまつりの期間が終わっても、様々な種類のサクラの花がまだまだ綺麗に咲いておりますよ!中でも綺麗だったのはウコンざくらです。その他、園内にはソメイヨシノ以外の遅咲きの桜の木が60本くらいあるそうです。4月いっぱいは津山城(鶴山公園)のさくらの花が楽しめそうです。

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