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取材記事内を検索ワード「門」で検索した結果,749件の記事が見つかりました。

M&Y記念館コレクション『立原位貫展』

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~二世市川亀治郎(現・四世市川猿之助)と十五世片岡仁左衛門・・・歌舞伎名場面展~
〇会期:2月1日(土)~3月30日(日) [入館料:500円(2F棟方志功常設展もOK)
]
今回は、
M&Y記念館がコレクションしている立原位貫作品の中から、 当代の人気歌舞伎役者2人(市川亀治郎(現・市川猿之助と片岡仁左衛門)を彫った作品が展示されています。 浮世絵の伝統を今に受け継ぐ立原位貫氏が作り上げた現代の歌舞伎役者絵を楽しんでいただける作品展です。


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大日如来と古道(下高倉西)

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 宮城野善平の墓すぐ傍に昔からある古い道がある。そこを少し上ると大日如来の石碑とともに、六地蔵がある。ここは散らばっていた石碑や六地蔵を集めた処ではないかとのことでした。そこを更に登っていくと堀内六郎衛門の墓へと続く道。2013.12.11取材

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頭取 宮城野善平墓(下高倉西字後山)

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 美作地方は幕末から昭和の初め頃まで、奉納や勧進の草相撲が盛んであった。『作州東部大相撲帳』によると、高倉地区の力士は明治21年から明治末年に29名と記されており、多くの力士が出て活躍していた。頭取(相撲の指導者)宮城野善平の門弟たちが、その功績をたたえ墓碑を建立したものである。(文:高倉の歴史と文化財より)

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津山のお酒「作州武蔵, 富久迎, 津山城」

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現在、津山市内に二カ所ある酒蔵メーカーの一つで、県下唯一の女性当主、難波 弘美さんをお尋ねしてきました。作州武蔵の蔵元は、美作の国の一の宮である中山神社の門前にあります。この門前は、かつては酒屋、醤油屋と軒を連ねた名水地帯であり、途切れることなく湧きつづけているそうです。(作州武蔵, 富久迎, 津山城を始め店内には利き酒コーナーもあるとか。)2014年1月24日取材

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ロウバイの花 (成道寺)西寺町

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成道寺(浄土宗)さんの玄関先にロウバイの花が咲いていると聞き、お尋ねしてみました。ここのロウバイは中が赤い色をしていて可愛いです。住職にお聞きするまでは、赤い色のロウバイがあるとは知りませんでした。成道寺の門は、市指定文化財になっています。また、西東三鬼句墓碑でも有名ですね。2014年1月25日撮影

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真言宗 極楽山 安養寺(津山市上田邑)

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作陽誌には、 「當寺清泰院は、上田邑の長継山千年寺の艮に在り、江戸時代の住職快長は、岩竇の中に聖牌を視つけました。牌面には、文治三年(1187)七月七日の文字が刻まれていました。
 昔、赤松入道世貞は、兵を神楽尾城に據りました。山名時氏を撃ち抜き、安養寺で武運の祈祷と亡者の菩提を弔いました。

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岩谷山 「妙福寺」(津山市中北上)

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岩谷山 妙福寺(日蓮宗)沿革 (2012年5月13日取材)
 日蓮宗妙福寺の開基は、文明元年(1469年室町中期)日了聖人によるものであります。当初は坪井上福本の「寺山」にあったが、天正12年(1584年桃山中期)花房職秀により、現在の地に移されました。
 妙福寺は、岩屋城と関係は深く、天正10年(1582年)には、本能寺の変があり、続いて高松城の落城、この時の岩屋城主は中村頼宗でありました。頼宗は元来、毛利方であり、美作には毛利恩顧の者は多く、死をもって忠誠を表すことを決意していました。

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【津山人】箕作阮甫(1799-1863)

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阮甫は生涯一医者にとどまらず、経済・天文・法学・地理・物理・兵学など洋学者として、広く学問を修め、幕府の外交政策等にかかわり、近代日本の文明開化の先がけとなった一人で多くの業績を残した。まさに郷土の誇りである。勿論日本の誇りでもある。孫の菊池大麓は、東京大学の理学部教授・理学部長を経て、総長まで務め、のちに文部大臣、京都大学総長も務めました。(情報提供:津山洋学資料館)

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