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勝間田【泣清水の碑】美作国theミステリースポット

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泣清水の碑(美作国theミステリーの中で紹介されているミステリースポット)
この南に昔水田があり、東西に流れ落ちる水音が哀調をおびていたので、この地を泣清水と呼んだ。伝説に、父の仇討を首尾よく果たした清水鶴と亀の孝女姉妹が住んでいた哀愁の地。更に勝間田の「お花」が津山城下に赴く時、最後の別れを泣いて惜しんだ悲哀の地でもある。(2013年12月3日碑より)

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六地蔵があります。

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俚謡                            古井戸があります。
ここは勝間田そのさきや千本
泣いて別れる泣清水


お花宮の由来

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徳守神社境内

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善神社(お花宮)

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お花宮は、森家時代津山の家老原十兵衛の侍女お花を祀れる神社である。
原家は祿高三千石を領し津山城郭京町御門の内に住居していた家老で、お花は礼儀作法見習の為、勝間田の実家を出て原家に出仕したが、容貌優美の為、原十兵衛の寵愛を受けた。
或日愛児の子守をして居た処、ふとした過ちから其の愛児が縁より落ち横死した。原氏の夫人大いに怒り花女の不注意を責め愛児の仇なりとして、お花を惨殺した。
其の花女の責め方が余りにも残虐であり、苛酷であったが為、死後しばしば祟りを為し、原家は鳴動異変が絶えなかったので、其の怨霊を慰めんとして邸内の一隅に祠を建て、お花善神社としてお祀りしたのが始まりである。
元禄十年森家国除せられ原家も退去したが同情者、信徒等、御祭を絶さず香華が続いた。
慶応元年八月二十八日怨石と唱える踏石と共に大円寺に移し更に、明治初年神仏分離の命により徳守神社に移した。今は逆境にある婦人の守り神として遠近よりの参拝者が絶えない。(徳守神社案内板より)

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各町内から奉納された札

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善神社の側面