2026 福力荒神社 旧正月例大祭
2026年1月31日~2月2日、マムシ除けと安産の神様として知られる福力荒神社 旧正月例大祭に出かけてきました。毎年沿道には露店商の方々が沢山お店を出していて大勢の人たちで賑わいます。今年は最終日の月曜日でしかも午後終わり掛けに行ったもので、急いでお参りしてお砂をいただき。まだ沢山の残っていた露店をゆっくり見る余裕もなく帰ってきました。
今年は寒かったので、早く温かくなればいいなぁ~と思いつつ。
2026年1月31日~2月2日、マムシ除けと安産の神様として知られる福力荒神社 旧正月例大祭に出かけてきました。毎年沿道には露店商の方々が沢山お店を出していて大勢の人たちで賑わいます。今年は最終日の月曜日でしかも午後終わり掛けに行ったもので、急いでお参りしてお砂をいただき。まだ沢山の残っていた露店をゆっくり見る余裕もなく帰ってきました。
今年は寒かったので、早く温かくなればいいなぁ~と思いつつ。
2026年1月30日のイナバ化粧品店の様子です。
今年は日本全国に大雪警報が出ていて寒い年明けとなりましたね。今日の津山市内の朝方は雪が舞って寒い日となりましたが、徐々に晴れてきて午後には日差しもでてきました。
お店につくと生憎とママはお出かけ中だったのでママ看板にご挨拶してきました。お店の中では顔見知りのお客様と偶然に出会い久々にお話もできラッキーでした。ママは日頃から「二十歳で嫁にきて68年過ぎたわぁ~。それこそ飽きもせず毎日毎日同じことをやってきて68年。子どもたちにも特別な扱いもしたわけでもなく普通に育ったし、何のとりえもない私がこうやってファンの方とお話をすることでエネルギーをもらって元気に過ごせたんよ。ありがたいわぁ~。」と。ママこれからもよろしくね! 1月も終わりになり慌ててやってきました。皆様今年もよろしくお願いします。
由緒
本神社の創建は第43代元明天皇の御宇(708)と伝えられている。和気郷の旧社で和名抄所載神社の一つで、古くは御本殿が3間4面あったと舊記に記されている。
慶長年間に火災に遭い、その時に仮に建てた御本殿が現在まで残っていたが老朽化が進み、平成9年から3ヶ年かけて募財を募り改築した。
明和4年5月但州出石城主仙石越前守の祈願所となり、銀20枚の寄進があった。元弘2年(1332)3月後醍醐天皇が隠岐に流され遷幸される時、当社の境内にあたかも爛漫と咲いた桜の花をご覧になって暫しの間休憩され旅の疲れを癒され、お喜びになったと伝えられている。その時の大木が安政5年の暴風で倒れ明治39年に屋舎を建てて「大御幸桜」として保存している。
御祭神は猿田彦大神で天孫降臨にあたり四方八方に分岐する道を守り教える神である。現代では交通安全の神としてまた、人の運命を開く神、全ての事を良き方に導く「みちびきの神」として信仰を集めている。(文:岡山県神社庁HPより転載)(2025年7月26日撮影)
第4回 令和作州城東むかし町が2025年11月2日、城東地区一帯で行われました。
当日は歩行者天国になり、ゆっくりと散策が出来ました。キッチンカーやうまいもん屋台が多数出店していて家族そろってワイワイガヤガヤ言いながらグルメを楽しみ、あっちぶらぶら、こっちぶらぶら食べ歩き。また、今年からオープニングパレードが復活して、出雲のお国・名古屋山三郎をはじめ、忍者やお殿様、お姫様が旧街道を練り歩きました。ステージイベントも盛りだくさんで大勢の方が楽しんでおられました。
2025年11月22日の衆楽園のもみじの紅葉です。
毎年、秋になると衆楽園に出向いていますが、今年は少し遅いかも?と思いながらやってきました。少し遅めだったのですが、迎賓館の横のもみじが丁度紅葉していてすごく綺麗でした。私にとって衆楽園のもみじと言えばここが大好きな場所です。
因美線「美作滝尾駅」の移ろいゆく秋を撮ってみました。
戦前に建築された古い木造平屋作りの駅舎は「男はつらいよ」シリーズの最終作となった「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の冒頭のシーンに登場し、駅前には映画の撮影が行われたことを記念した碑も建てられています。(2008年11月に登録有形文化財に登録されております。)
寅さん最後の姿を映した駅舎でした。(2016年5月15日の取材はこちら)
2025年10月6日城西浪漫館2階会場で開催されている「江見 正 大正・昭和写真展 & 江見正暢 ステンドグラス展~記憶よりもずっと近かった~」(主催:城西まちづくり協議会主催)へ出かけてきました。
写真は、江見写真館三代目・江見 正さん(1890~1976)が撮影した大正末期から昭和初期の津山の街並みや暮らしを撮影したもので、子どもの頃よく遊んでいたわらぐろ等が移った田んぼの写真を見つけ、当時に思いをはせながら懐かしく拝見しました。また、江見正暢 ステンドグラス展では、飾られた部屋がパット明るくなるステンドグラスのランプが並んでいて、華やかで「わぁ~綺麗!」と思わず叫んでいました。 隣の部屋では、昭和の津徳守神社の津山祭りの9.5ミリ映像が上映されていました。
2025年9月23日のイナバ化粧品店内は、稲葉浩志さんのお誕生日を祝うファンの方たちで一杯です。
家族連れの方が多かったと思いますが、ママもお元気で皆さんとのコンサート話などで話は尽きないようです。ファンの方から、「稲葉浩志さんのお陰で津山のグルメなお店、有名な観光地など訪れ、まだまだある津山の知らないところを知る楽しみが増えました。」と津山の感想を熱く語ってくださいました。そんなファンの皆さんに津山愛を感じました。これからも愛すべきママのご健康と伸次さん、浩志さんの益々のご活躍をお祈りします。
志見山 岩尾寺(加茂郷88ヶ所霊場第57番札所)は、津山市吉見地内にある医王山登山口脇にあります。真言宗大覚寺派のお寺で、本尊は薬師如来です。(2011年5月8日撮影)
2012年11月3日、志見山 岩尾寺で御開帳がありました。
摩尼山 高福寺(加茂郷88ヶ所霊場第26番札所)は、阿波村竹之下地内にある、臨済宗のお寺で本堂は木造瓦葺きです。本尊は大日如来来です。(2009年6月21日撮影)
摩尼山高福寺は、初代津山城主忠政が、美作186,500石の領主として、慶長八年(1603)に入封し、慶長9年(1604)に、津山神戸にあった安国寺を津山小田中の地に移して、名称を本源寺に改め、天倫玄節大禅師を開山として森家の菩提寺と定めた。 その後、本源寺開山天倫玄節大禅師をこの地に勧請し、元和四年(1618)に摩尼山高福寺創建された。高福寺は創建開山禅師の因縁により、津山城主森家の鶴丸を寺の紋として使用することがゆるされている禅宗寺院である。