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取材記事内をタグ「高野山真言宗 美作八十八ヶ所霊場」で検索した結果,5件の記事が見つかりました。

青木山 極楽寺(鏡野町)

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鏡野八景 極楽寺とその周辺 
 青木山極楽寺の開基は、奈良朝の高僧、越智神融禅師と伝えられ、和銅年間に、この地に千手観音の像を安置して「極楽寺」と名づけられた。今から千二百年前の昔である。
 往時は、雌雄巌の下から五百七十坊の寺が甍をならべ、多くの僧侶が勧勤読経して繁栄を誇ったと伝えられているが、現在はその面影を偲ぶことができない。
 足利氏の末期、毛利の軍勢が入国するにあたり、寺は兵火にかかって焼失したという。
 慶長年中、本尊鎮守等が修理され、再建された常念院が現在の極楽寺となっている。

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虚空蔵山 求聞持の寺(東田辺)

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虚空蔵山 求聞持の寺(高野山真言宗 美作八十八ヶ所霊場 第74番)
 萬福寺に如意宝珠をお奉りする融通堂があったとのいい伝えがありました。由来は萬福寺と同じです。
 平安時代後期の経塚と如意宝珠を護持するために、實仁和尚が昭和五年融通堂を再建され、昭和五十八年四月二十一日に本四国八十八ヶ所霊場を勧請すると共に、求聞持の寺として新寺建立されました。

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随雲山 龍澤寺(二宮)

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 その昔、宇那提ヶ森の近くに大きな深い淵があり、大蛇が潜んでいて、人々に災いを及ぼしていました。ある時その大蛇を退治した折、祀るための寺を建て随雲山龍澤寺と号したと伝えられています。

 嘉永十一年(1634)に阿弥陀如来を本尊として堂が建立されて以来、栄枯盛衰を繰り返しつつ、現在に至っています。現在の建物は、昭和四十五年に再建されたものです。本堂は平成二十七年(2015)に再建されたものです。

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森藩政下に移転 山上がりした真言宗の髙福寺

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林田 清應山髙福寺のたたずまい 津山市街東部 野介代の丘陵山麓に清應山髙福寺が所在している。
津山東部では数少ない真言宗の寺院であり、津山市林田667に位置し、町内会は林田山根分に所属している。寺を象徴する大屋根の庫裡、客殿、大師堂や安永年間建立の本堂を始め、鐘楼堂、薬師堂、境内墓地、さらには裏山に四国八十八箇所巡りのミニ霊場を設けるなど、真言宗の必要な設備を全て備えた寺院らしい境内である。

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作東高野山 摩尼院 法輪寺(美作市大聖寺)

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 天平年間に、行基菩薩が開創され、弘法大師も弘仁年間に巡錫されたと伝えられています。昔は五社明神の別当寺として、神社の近くにありましたが、天保5年現在地に移りました。
昭和28年、現在の本堂落成の際、高野山から、作東高野山摩尼院の称号を頂き、爾来檀信徒皆様の篤いご信心によって、山容が整いました。(文:高野山真言宗 美作八十八ヶ所霊場HPより)2014年6月24日取材

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