救護施設 ニュー三楽園のバラ
社会福祉法人 江原恵明会 救護施設 ニュー三楽園
バラはとても難しくて、病害虫に弱いので、4日に一度くらい消毒をなさっているそうです。それでも失敗することも多いとか。今年は見事なバラが咲いていましたよ。つるバラも大きくなってバージョンアップしていました。
ここのバラは園生さんの作業療法の一つとして、栽培されているそうです。
「どうぞ、散歩がてらにお立ち寄りください。気が向いたら園生さんが育てたポット苗などを買っていただいたら幸いです」とのことでした。
バラはとても難しくて、病害虫に弱いので、4日に一度くらい消毒をなさっているそうです。それでも失敗することも多いとか。今年は見事なバラが咲いていましたよ。つるバラも大きくなってバージョンアップしていました。
ここのバラは園生さんの作業療法の一つとして、栽培されているそうです。
「どうぞ、散歩がてらにお立ち寄りください。気が向いたら園生さんが育てたポット苗などを買っていただいたら幸いです」とのことでした。
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曹洞宗 成興寺
沿革
そもそもの成興寺開基は、夢窓国師(京都天竜寺開山)と伝えられ、JR因美線美作河井駅から登る矢筈山上にありました。久しく廃絶していた寺を天文年中(1532~54)に、草苅加賀守衡継が矢筈山頂に居城を築く際、菩提寺として再興しました。(成興寺丸跡あり)
天正12年(1584)草苅氏退城後、寺も廃址に帰しましたが、文禄3年(1594)に草苅氏の家臣で、小中原の土豪中西孫左衛門が、現在地に再興しました。元禄2年(1689)津山西寺町長安寺三世白善嶺雲和尚が曹洞宗に改めて開山となりました。現住職小倉玄照和尚は、第十三世。(2012年4月21日撮影)文:曹洞宗 成興寺(津山市加茂町小中原41)
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2012.4.21
田熊 山頂に位置し祀られている愛宕神社
広野小学校下の小村池を、東に沿って、田熊上土居方面へ至る坂道をあがると、北側の山頂にある位置に愛宕神社が祀られている。丘陵性の山地のため、軽四自動車ならば、坂道を上りきった所からか上土居西山集落の墓地のあたりから、愛宕神社周辺へ行き着くことができる。
この辺りは、付近で一番高い山のため、樹木のない南面の展望がよく効く所であり、まことに愛宕の神を祀るにふさわしい場所と言える。福井の新宮山にも、同じく山頂部に小祠の愛宕様が祀られているが、こうした場所の限定は、愛宕の神の特性を考えてのうえと思われる。
愛宕の神は言うまでもなく、京都市嵯峨の愛宕神社から勧請されたものである。京の愛宕神社は、もともとは、山城と丹羽との国境にあたる鷹峰の地に鎮座し、塞の神としての性格を備えていたといわれている。平安遷都後、比叡山に相対してそびえる愛宕山で祀られた。
火の神の迦遇槌神(火産霊神)を祭神としていることから、鎮火火災の神、つまり都を火災から守る神として信仰され、ついには王城鎮護の神となって祀られた。やがて、多くの修験者たちが山籠りするようになると、愛宕山伏は諸国を遊行し、火伏せの神としての愛宕信仰を広めた。そして、村々の小高い丘を見つけては、そこに分社分霊を勧請してまわった。事例として、NHKの場合、東京港区の愛宕山にあり、その丘の上には愛宕神社が鎮座している。(文:広野の歴史散歩:宮澤靖彦 編著より)
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また、今回は2012年4月28日のボタンの花です。まだつぼみが沢山あったので長く楽しめそうでした。■この他、愛染寺のぼたんが綺麗でした。(2010年取材)
清眼寺は、美作88ヶ所第56番札所・美作国七福神毘沙門天霊場として、多くの参拝者で賑わいます。別名ぼたん寺ともいわれ、毎年のぼたん祭りには、色とりどりの美しい大輪の花を咲かせ、参拝者を楽しませています。
真福寺(2011.6.24取材) ▲写真2012.4.17取材
瑠璃山日光院 眞福寺の略歴と沿革
当山は、天平12年(740)聖武天皇の勅りにより、太古行基菩薩開創し御本尊薬師如来を奉安され、始めは槍原地内に在って萬福寺薬師院と称していたが、現在地へは寛永年間(1624)移築され眞福寺日光院と改めたがその後、付近の火災の飛火に遭って全焼し寛文8年(1668)檀信徒より木材並びに労務の奉仕等により建立されたものです。
初代清誉上人より今日に至る迄、檀信徒聖霊香華燈明を掲げ、真言密教の寺として法燈を護り伝えて参りました。爾来、375年余の星霜を重ね近年に至っては特に老朽化し、平成5年に議題になり平成7年檀信徒の浄財等により改築を決定した。西暦2000年の節目に完成する。(情報提供:真福寺)★美作88カ所霊場会のホームページ