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2023 徳守神社の大節分祭

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津山市宮脇町にある徳守神社で、2023年2月3日(金) 13:00 〜節分祈願祭が執り行われました。
 年の始めの春を迎えるにあたり、一年が平穏無事な年であるようにと願う節分祭です。無病息災と開運を願う人々が参列し、開運厄除祈願祭を執り行い、祈願祭修了後は特設舞台より厄落とし豆撒きが行われました。今年はコロナ禍で中止していた「鬼やらい」が執り行われ、境内は赤鬼や青鬼、子どもの鬼が走り回りとても賑やかな節分祭でした。

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第1回 令和作州城東むかし町

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 2022年11月6日に行われた「第1回 令和作州城東むかし町」のイベントが3年ぶりに青空の下で賑やかに開かれました。今年は今までと違い、歩行者天国は取り止めたなったことで、イベント会場を集約したり、洋学資料館の中庭を開放してコンサートが行われたり、至る所で工夫を凝らしていたのと、キッチンカーが沢山出店していて、子ども連れの若者に人気を集めていました。また、今まで秋に開催されていたのを春に開催するようにしたそうです。
 オープニングには全国の寅さんも駆けつけて会場を和ませていました。今後とも、よろしく!

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津山・城西まるごと博物館フェア2022

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 2022年10月2日(日)10時〜15時、作州民芸館周辺で、新型コロナ感染症の為に中止されていた「城西まるごと博物館フェア2022」(主催:城西まちづくり協議会)が2年ぶりに再会されました。当日はお天気も良くて大勢の人出があり、久々に城西地区が活気づきました。
 手仕事のまちがよみがえるアート&クラフト展と題して、ステージイベントに加え、津山市内の出店者によるクラフト市、模擬店が出店しました。
 2020年12月に「津山市城西地区伝統的建造物群保存地区」に選定された保存地区全体を博物館と考え、 伝統的工芸品の実演・職人によるガラス細工や陶芸等の販売 で町人文化を演出し、市民や来場者に楽しんでいただこうと企画されたフェアです。

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2022 ウッドパーク声ヶ乢のさくら

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 ウッドパーク声ヶ乢は、ドウダンツツジの群生地で有名な広戸仙への登山口にあたる標高530mにあり、春にはソメイヨシノやヤエザクラ、ヤマザクラなど1200本の桜が植えられていて、毎年、多くの人がさくらの下でお弁当を広げ満開のさくらを楽しみます。また、夏は紫陽花、秋は紅葉が奇麗な所です。(2022年4月11日・12日撮影)

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作州忍者鶴山隊の活動の様子

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 「七福神もちつき 縁起年の瀬市」が、2021年12月18日(土) 10:30 〜 15:30がソシオ一番街にて催されました。この催しに急遽お呼びがかかり、馳せ参じた作州忍者鶴山隊は催しを盛り上げるため、食べたり、買ったり、会場内を回り子どもたちとの撮影に応じたりと大活躍でした。
 この催しは、津山市周辺の県北東部に七福神をまつる寺があることから、寺の住職が開運や疫病退散を祈願しておはらいをしたりする催しで、地元の地域おこしのグループなどが、新年に向けて開運と疫病退散の願いを込めた餅つきなどをして市民との交流を深めました。

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初心者でも楽しめる那岐山登山

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登山は人気があるけど、なかなか一歩が踏み出せない...。 そんなあなたでも、気軽に登れる山「那岐山」。 那岐山は標高1240メートル、中国山地の主峰のひとつで氷ノ山後山那岐山国定公園に指定されています。コースも色々楽しめ、小学生でも登れますので初心者の方にもおすすめです。

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春の那岐連峰

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令和元年 母の日のイナバ化粧品店

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 2019年(令和元年)5月12日の母の日にお邪魔してきました。津山地方は30度近くの真夏の様なお天気でしたが、店内のテーブルは全国から送られてきた花束で埋め尽くされていました。ママも大勢の人に母の日を祝ってもらいすごく幸せそうです。店内で写真を撮ろうとしても大勢のお客様で身動きできません。(上記写真はイナバ化粧品店さん提供)

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杉宮の八幡様(津山市杉宮)

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 ここは、旧勝北町の下村地区です。西加茂神社をすこし北に行ったところにあります。ご近所の土井さんにお聞きすると「旧勝加茂村の時は下村の八幡様と呼んでいました。詳しい事は解りませんが下村の人達で現在までお祀りしてきました。」と教えてくださいました。(2012年12月14日撮影)

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東賀茂神社隣の安井大師堂

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 勝北町安井宇根にある大師堂は、通称庵と呼んでおり、真言宗の祖弘法大師の像を祀る堂宇で奥行二間半桁行一間半で大正元年に建て替えられ、そのご二度の修復をへて今日に至っている。
大師堂の建立の由緒は定かでないが、明治初期に毘沙門天が勧請されてから別名毘沙門さまと呼ぶようになった。
そこには、数本の石仏が並び、中でも中央の地蔵菩薩は美しい姿をとどめている。
天明、寛政年間、この地方に多くの石仏を遺した泉州の石工、松尾伊八らの手によって造られたのではなかろうか。天明年間は、天変地妖相次いで起き、国中の者は草の根、木の皮まで食い尽くし飢と病で多くの人が死んでいった過酷な時代であった。飢餓は、八年にも及び諸国の百姓は地獄の苦しみに喘ぎ、何に救いを求めようもない村の人達は、僅かな浄財を出し合い地蔵さんを建て死んでいった人々の供養と菩薩の慈悲にすがった。
安井庵文書を繙くと庵には、代々庵僧が寄寓していたことが伝えられており、天保時代より出羽の国の三九郎夫婦、生国因州の庵僧、旧浜田藩の松田佳次郎などの庵僧の墓が近くの草叢に眠っており、他国の人々を庵僧として温かく迎え入れた厚い人情を村の人々は今でも誇りに思っている。
大師堂のかたわらには大きな庫裡があって昭和二十五年に取り壊し今は、堂宇一つを残すのみとなった。
苫勝霊場二十五番札所の大師堂は、毎年桜の花の咲く頃、苫勝霊場めぐりの遍路で賑い村の風物詩でもあったが、今では知る人もだんだん少なくなり、毎月二十一日の大師の縁日に古老達によって念仏が上げられている。
(勝北町文化財保護委員平田安男記)(平成12年12月19日取材)

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