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取材記事内を検索ワード「お祭り」で検索した結果,167件の記事が見つかりました。

第9回 院庄たかのりまつり

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 第9回 院庄たかのりまつりが、平成25年4月14日(日)(午前8時~午後4時)作楽神社 境内で執り行われました。雨天決行

 「例祭」というのは、神社でいちばん大切なお祭りで、たいていのお宮の秋祭りがそれにあたります。作楽神社の例祭は春で、4月22日と定められています。
 後醍醐天皇が院庄館にお着きになり、児島高徳公が桜の幹に十字の詩を記されたのが元弘2年3月17日、それを陽暦に換算して4月22日が由緒のある日として例祭日になりました。しかし、諸般の事情から今は4月第2日曜日に例祭を行って
います。
 今年は、和太鼓・剣詩舞・詩吟・銭太鼓・琴・尺八・日本舞踊などなど盛りだくさんのイベントと、津山西中学校吹奏楽部のガレージセールや、剣道奉納大会、つきたて餅、焼きそば、最後にはお餅・お菓子まきがありました。

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キモノの江川のお雛様

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 我が家に叔母の作った真多呂人形を迎えて、3回目のひな祭りが巡ってまいりました。この冬は図らずも中村勘三郎さん・市川団十郎さんと歌舞伎界の大立役者が相次いで亡くなられました。そこで、団十郎さんの十八番の「暫(しばらく)」など江戸歌舞伎の人形たちを飾りました。(文:江川満子さん)2013年3月31日取材

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津山城(鶴山公園)津山さくらまつりオープニングセレモニー

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津山城「鶴山公園」で毎年春に行われる「津山さくらまつり」。2013年4月1日(月)は天候にも恵まれ大勢の来園者のみなさんんと「津山さくらまつり」オープニングセレモニーが執り行われました。さくらも開花した中で津山情緒保存会による踊り連が華を添えました。また、オープニング終了後、入園された方に先着1300人に「紅白餅」のプレゼントがありました。(2013.4.1)

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三宝荒神社(下高倉西字多羅)

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三宝荒神社(2012.12.16取材) ※お祭りなど詳しくはこちらをご覧下さい。
 祭神 須佐之男大神 祖先の御霊神 土地の守護神
 例祭 11月3日
由緒沿革 
 地区の吉方乾の山にある当社は、平安時代初期の創建と思われ、前記の三神が三位一体三面六臂の御神像にて鎮座されている。伊邪那岐大神の御子須佐之男大神は、五穀豊穣と諸難疫病退散の神であり、この三神による三宝荒神の大神は家内平穏・親族和睦・家運長久・子孫繁栄を司り、子供の守り神としても厚く信仰されている。お参りの時には御祈念と一緒に次のようにお唱え下さい
 祓え給え 清め給え 守り給え 幸え給え       宮司 水島康司(案内板より)

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片金山明王院 金龍寺(津山市加茂町室尾)

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片金山明王院 金龍寺縁記
 当寺は、真言宗醍醐派に所属し、片金山明王院金龍寺と称し「千手十一面の二相両具をそなえた観世音菩薩、千手観世音菩薩」を本尊とし室町時代の文安5年(1448)行基菩薩の法系孫と言われる恵秀法印の開基になり、当初は、裏山、現在の寺山の中腹(当青柳の庄時代交通の要路であったと言われる)にあり七堂伽藍をかまえそなえた寺院であったが、天文21年3月(1552)火災にかかり、ことごとく焼失し、同年8月寺地を現在の処に移し、開基より三代目、数円法印再建す
 その後、元和元年(1615)津山城主、森忠政公の命により津山留錫の玉林院法印智観の資子、宥智東蔵坊法印、これを継承し、室尾城主、河端丹後守公の祈願寺として、寺領250石を賜り周辺村(現在の部落)わ檀家とし、尚神仏習合寺院として現在の三宝神社の別当を勤め、別寺名を実安山神宮寺とも称し、当山派系(真言宗醍醐三宝院末寺)の修験道寺院をも加えた密教寺院であった。
 然し、明治元年(1868)神仏分離令に加えて排仏毀釈に会い解体せられ、その上、明治5年(1872)修験道廃止令に依り衰退し,本宗(密教系寺院)の寺院の姿の一部を止めるに至り現在に至っている。
 然し、今当寺に相承の法流は、真言密教の中核、小野三宝院流、及び修験道の大峯山法、恵印三未耶法流である。
玉林院智観法印とは、大和国大峯山直轄の密教寺院であり、勅願所である内山永久寺(明治初年の排仏毀釈により廃寺)の正大先達頭として諸国を歴訪し、津山に留杖し森公の相談役として家老待遇で迎えられていた。2012.9.20取材(文:案内板より)

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廣戸神社(大吉字平野)

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廣戸神社(大吉字平野) 2012.9.2取材
 「美作神社資料」によれば、宝亀元年(770)、山城国(京都府)男山八幡宮(石清水八幡宮)を廣戸村奥津川字宮谷に勧請し、廣戸八幡宮と唱えました。その後、文治5年(1189)に廣戸村大吉字宮の奈留に社殿を移し、応永5年(1398)大吉字平野に遷座しました。
 祭神は品陀和気命(応神天皇)・息長帯比売命(神功皇后)・大山祇命・武内宿禰・須勢理比売命・志那津比古命・志那津比売命の7柱の神です。境を接して建てられた廣戸神社と五穀寺の境内は、奈良時代から始まる神仏習合(混淆)の姿をとどめています。
(神社と寺院より)※神社よりいただいた沿革は最後に載せてあります。
祭神:品陀和気命 大山祇命 息長帯命
    武内宿禰 須勢理比賣命 支那津比古命
    支那斗辧命 (大雀命)風神社...
※廣戸神社の宮司さん曰く、風神社は今は自衛隊の基地で着弾場になっているそうです。鳥居の1本が残っているとか。

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第11回「あいあい祭り」がありました。テーマは「つながる」

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平成24年9月1日(土)・2日(日)にあいあい祭りがありました。今回のテーマは「つながる」若者と年配者、地域間、NPOや市民活動をされている方などの人と人の交流を目的として、9月1日(土)は、NPO法人吉備野工房ちみちの加藤せい子さんが「地域のお宝」を様々な視点から見つけ出す方法を教えてくださいました。
9月2日(日)は、イベントステージ、テント村、軽トラ市による、あいあい祭りが開催され、賑やかで楽しいお祭りになりました。(つやまNPO支援センター あいあいにて)

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上山棚田で復活した盆踊りと幻想的なセレモニー必見!

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2012年8月12日(日)上山神社で8年ぶりに盆踊りが開かれました。祭りが復活すると言うことで取材をさせていただきました。


元々の住人も、最近暮らし始めたMLATも、週末里山暮らしの英田上山棚田団も一丸となって。
盆踊りも、踊りを知っている人、見よう見まねで踊る人も一緒に輪になって踊ります。
露店では、かき氷、焼き鳥、焼きそば、たこやき、ヨーヨー釣りなど大にぎわい。
抽選会も、スーパーのマルイさんのご協力もあって豪華景品。
MLAT1日貸し出しの権利なども上山集楽住人限定で用意されました。

盆踊りのフィナーレは、スカイランタン。天燈飛ばしです。
おそらく日本初。・・・・・(文:上山集楽より) 続きは上山集楽のHPで!


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2012年 第34回津山納涼ごんごまつりIN吉井川(花火特集)

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2012年8月5日(日)の「第34回 津山納涼ごんごまつりin吉井川」の花火編を組んでみました。皆さんはどんな所で花火をご覧になっているのか?どんな見え方なのか?それぞれの場所で見る花火、この度は三箇所で超豪華版お届けします。

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小田中の聖徳寺の「和霊祭」にお邪魔しました。

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聖徳寺(岡山県津山市小田中1416)の和霊祭がありました。(2012年7月30日(月)午後5:00~)
  和霊大明神の功徳と由来
 当寺の鎮守、和霊大明神は厄除け の神として、また願い事は必ずかなえてくれると 言う津山地方で名高い神様で、祭神は山家清兵衛公頼公(やんべ せいべいきよ もりこう)といい、四国は 伊予の宇和 島藩の家老で、仙台藩主・伊達政宗の子、秀 宗に仕えた人。公は藩主を助け藩政上に手腕をふるい、大いに治績と名声あげま したが、その反面これを怨みに 思う者が出てきて、謀略にあい殺された。時に元  和6年夏清兵衛25歳でありました。 この時、公は死ぬ間際に、「われに救いを求め る者には、われ必ず、その願いを聞かん」と言い残して、息を引き取ったという。
その後藩主が山頼和霊神社として、公を祭神としてお祭りするにいたった。聖徳寺は この山家清兵衛公頼公を祭神とする和霊神社の分神を当寺の鎮守として祭っています。
  毎年7月30日は縁日として、夜7時より和霊まつりをおこない、夏の夜に堂内で大般若転読法要また境内にて柴灯大護摩の祈願法要を行ないました。(情報提供:聖徳寺)

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