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取材記事内を検索ワード「街道」で検索した結果,242件の記事が見つかりました。

百済市良右衛門 -作州鋳物の伝統五百七十年ー

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 司馬遼太郎の「街道をゆく」の第7巻は、古代の鉄生産をたずねて山陰路を歩いた記事をのせている。その帰途に四十曲峠を越えて作州に入り、苫田郡加茂町の黒木あたりのタタラ跡を見て回った。そこから岡山へ出る道、五十三号線の佐良山地区内のドライブ・インに立ち寄った。同行の鄭詔文さんがいつものくせで電話帳を借りて来てめくっているうち、津山市内に「百済姓」が四軒もあるのを発見、すぐ電話連絡をしたら、百済康氏の家だった。寄って欲しいと言われ、吹屋町に引き返して系図をみせてもらった。「いかにも風趣あり」鋳物伝来の暗示をしているようで、みごとな感じをうけた。と司馬遼太郎は書いている。このみごとな感じとは、渡来者の家系を誇りとしていることを指すと思う。いうまでもないが、新しい文化を日本にもたらしたのは多くの渡来者であった。

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2017年の元魚町、B'z津山凱旋公演盛り上げイベント「夏の市」

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移り変わる元魚町商店街の現在です。(2016年8月9日・2017年5月19日・6月6日・7月13日撮影)
 元魚町の町名の由来は、元和八年(1622)から、寛永三年(1626)にかけて、城下町の職業別による町の形成政策により魚屋が軒を連ね、魚町として成立した。
 しかし、大名行列が、頻繁に通過する出雲街道沿いに位置したことから、行列に生臭い匂いが漂うことを嫌われ、魚町は南へ移転され、もとの場所が、元魚町、移転先が新魚町となったといわれる。(森家時代の資料による)(文:元魚町『お祭り麒麟館』パンフレットより)

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津山城下町歴史館が4月オープンしました。

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 江戸時代の武家屋敷だった旧田淵邸を活用した「津山城下町歴史館」が2017年4月27日に開館しました。
長屋門は修復し、傷みの激しい母屋を解体して、1147㎡の敷地にだんじり展示棟、ガイダンス棟が新たに建てられました。展示棟には、県重要文化財だんじり6基。ガイダンス棟にはだんじり1基と、旧田淵邸の模型や、大名行列図の複製などを展示し、パネルなどの資料を並べた。事業費は3棟合わせて約1億2000万円。(撮影2017年4月2日、5月3日、6月20日)

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昔なつかし津山の商店街(一番街)

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アルネが出来る前の津山一番街(協同組合津山一番街は、昭和38年4月4日の設立です。)
津山一番街はJR津山駅から北へ400m程の市街中央部にあり、鶴山通り京町交差点から西へ長さ200m程続くアーケード商店街で、かつての出雲街道筋に沿っています。
平成6年に付け替えられたアーケード入口には「ソシオ」のロゴが記され、現在商店街は「ソシオ一番街」といわれています。(文:おかやま商店街ナビより)(写真提供:中山須美子さん)

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出雲街道を歩く(河辺から津山城下)

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第110回 文化財めぐり 特別展「行列を組む武士たち」関連事業として、出雲街道を歩く(河辺から津山城下)が、2016年10月29日(10時20分~)津山郷土博物館主催であり参加して来ました。津山藩主の参勤交代には出雲街道が使われています。今回は河辺から津山城下までの出雲街道を歩いてきました。
ルート 河辺バス停前→河辺上之町→兼田橋→川﨑→玉琳→東松原→古林田→荒神曲り・大曲り→宮川大橋→京橋門跡「文:津山郷土博物館作成の当日配付資料より抜粋」

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出雲街道を歩こう会「新庄宿」(レポートその2)

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2016年10月22日(土)第7回出雲街道を歩こう会(主催:出雲街道新庄宿町づくりの会・出雲街道勝山宿の会)があり参加して来ました。レポートその2は、嵐ヶ乢~新庄宿までです。秋の日、暑くもなし寒くもなしのハイキング日和で、ワイワイガヤガヤ賑やかに歩いてきました。後鳥羽上皇旧跡では、地元の方が甘酒を用意して待っていてくださり感激でした。また、しだれ栗の木にはビックリでした。

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出雲街道を歩こう会「新庄宿」(レポートその1)

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2016年10月22日(土)第7回出雲街道を歩こう会(主催:出雲街道新庄宿町づくりの会・出雲街道勝山宿の会)があり参加して来ました。今回が出雲街道歩きは最終回とのお話で50名の定員を大幅に超える78名の参加がありました。10:30分受付を済ませ、新庄村ふれあいセンターで美味しい昼食を取った後、12:00バスにて乢根(たわね)まで行き、四十曲峠を超えて来ました。レポートその1は四十曲峠~嵐ヶ乢まで。

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合併記念碑(下高倉東)

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合併記念碑(下高倉東有重)
 高倉小学校北の道から一段上がった高倉村役場跡の大銀杏の下に、「合併記念碑」が威容を誇っている。高倉村が近隣9か村と津山市に合併した昭和29年(1954)7月から5年を経過した昭和34年(1959)7月に、難波保外16人が発起人となり、合併5周年を記念して建てたと記されている。
合併記念碑 碑文
 和銅弐年備前六郡を割いて美作国を置く 当時より高倉川の流域及び大篠山東西の地域を含めて高倉郷或いは高倉の庄と呼び郡の中部を東西に走る街道に沿う地であった。後久しく封建制度の下に小村が独立して来たが明治22年上高倉下高倉東下高倉西の三村を併せて高倉村となし自治制を布く昭和29年周辺9ヶ村と共に津山市に合併して今日に至る。この間遠くは近平用水路の開鑿近くは土地改良事業など共に高倉の躍進を約束する輝かしい事蹟として特記すべきものがある。茲に合併五周年を記念し有志相謀り旧高倉村役場跡に碑を建て幾多先人の功を偲ぶ資料として更に後人の奮起を期待する次第である。
昭和34年7月1日 難波 保 撰

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【津山人】 劇作家 山田美那子さん

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2016年9月10日アルネ・津山4階市立文化展示ホールで開催されている劇作家でイラストレーターの山田美那子さん(79)の初の個展みなこワールド「出雲街道むかし絵展」(主催:㈱ガット)の会場を尋ねて来ました。
 山田さんは、津山市生まれで城東地区育ちの生粋の津山っ子で、津山大好きさんでもあります。
文化庁主催の芸術祭の台本を多数執筆されています。また、津山城築城400年記念ミュージカル「石の記憶」で津山市文化功労賞を受賞されるとともに、ベネッセ奨励賞、福武文化奨励賞(現代文化部門)、さらには、くすのき賞を受賞されるなど精力的に活動を続けておられます。

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北家と後醍醐天皇説(中北上)

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 出雲街道に沿って大きなお宅があるのでお尋ねしてきました。当主の北平也さんにお尋ねしたら、この北家はおよそ900年前から続いておられるのだそうです。当所北家はここから2kmほど東にあったそうですが、火災に遭い200年前に現在地に移って来られ、その後、約80年前に大修理をなさったそうです。向かって右隣には造り酒屋で北家の分家の北酒蔵があったとのことです。(2016年8月11日撮影)

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