おばあちゃんと狐『山西の民話』
今から約百年も前の事です。
田植がはじまって、田植の最中だったのです。家をしめてだれも田んぼで田植をしていました。
おばあさんは一人早く帰って来て、晩ごはんの用意をしていました。だれもいない家の内はシーンとしずまり返っていました。台所でおばあちゃんは、夕御飯の用意をしていました。
今から約百年も前の事です。
田植がはじまって、田植の最中だったのです。家をしめてだれも田んぼで田植をしていました。
おばあさんは一人早く帰って来て、晩ごはんの用意をしていました。だれもいない家の内はシーンとしずまり返っていました。台所でおばあちゃんは、夕御飯の用意をしていました。
古池((現・小池)の奥に「石が谷」というところがある。昔、水の便利が悪くて稲が作れず、畑にして大豆をを作っていた。毎年のこと、豆がうれるころとなると兎が出て豆を食い荒らして困っていた。ある年、持主の花戸(ハナト=家号)の六兵衛隠居が腹を立てて、兎退治を思いついた。勢子をたのんだら、早速に治郎兵衛や弟の熊や、虎やんや常やんや、雄治に治太郎など若者が集まって「やろう」「やろう」といきり立った。兎網を用意して、勢子たちは手ごろのこん棒を作った。旧の10月13日だった。畑のまわりに兎網をしかけて、兎の来るのを今か、今かと待っていた。
治郎兵衛は私の家の下男でした。ガッチリした大きな骨格で、とても力がつよくて、よく力自慢をしていました。明治の初め頃でしたか、治郎兵衛の伯父が死んでお葬式がありました。
何分、母のさとなので、田舎の習慣通り餅をついて重箱に入れて持って行きました。お葬式の日は折悪く友引の日だったので出棺は12時をすぎてでした。お葬式をすまして送り膳にについて一パイよばれて帰途につきました。伯母さんや家の人達が「もう遅いので明朝帰ったら」としきりに止めてくれるのでしたが、明日からの農作業を思うと、一寸でも早く帰りたいと思って、家人のとめてくれるのを押しきって、帰途につきました。十三夜の月が明るかったので提灯も持たずに、近道の山路を越して帰ることにしました。
一郎さんがまだ12,3歳の頃の話。
親類の吉見に法事によばれて行きました。
ご馳走をよばれて帰ることになりました。見送りに出たおばさんが、
「一郎すこし遠いけど山道を帰らずに、大街道を帰りなさい」
と親切に言ってくれました。
虎さんはつりずきの人でした。
或る秋の夕方から大川へ鯰(なまず)をつりに出かけました。
今夜はとてもマンがよく五匹もつれました。もう12時近かったので、きりあげて帰りかけました。
ビクの中で鯰(なまず)もはねていたのをおぼえています。
鹿の子の道を回って、明るい十六日のお月様がでていました。
津山の怖~い伝説展
城西浪漫館では、夏休みを迎えた子どもたちや津山に帰省した子どもたちに郷土・津山に伝わる民話や伝承を伝え、学んでもらおうと7月20日から8月31日まで「津山の怖~い伝説」展を開催します。
今回は、初めて津山藩にあった鬼の首を刎ねた名刀「童子切」伝説を紹介します。「童子切」は豊臣秀吉、徳川家康から津山藩主の松平家へ伝わり、津山松平家の家宝として太平洋戦争終戦まで継承されてきた天下五剣の一つ。丹波国大江山の鬼の頭領・酒吞童子の首を切り落としたとされる「童子切」は、津山藩が6人の罪人の死体を積み重ねて刀を振り下ろしたところ、6つの死体を切断しただけではなく刃が土台まで達したという伝説があります。(文:展示説明より)(2017年7月29日撮影)
日限り地蔵
『むかし、皿川に琵琶が渕という渕があった。ここでは、毎年身投げをする人があとをたたなかった。なんとかして身投げをさせないようにしようと相談し村の人たちは、とむらいをしないという立札を立てた。その後は身投げをする人がぱったりといなくなった。喜んだ村の人たちは、そこに、延命地蔵をまつった。人々はいつとはなしに日限り地蔵とよぶように成った。』
ところがこの地蔵が部落の境にあったので、けっきょく二つに分けてまつることにした。
今の佐良神社のがけ下にあるのが本家で、すこし南の平福の道路ぞいにあるのが分家だといわれている。いつのころからか「日限り地蔵にお願いすれば、子どもがさずかるそうじゃ」といううわさが広まっていった。評判を聞いて、子どものほしい人がつぎつぎにおまいりするようになった。
お祭り当日には、子どもの健やかな成長と交通安全を祈って、ご祈とうをお願いしております。
ー岡山の民話よりー(文:現地説明板より)(2017年9月30日撮影)
2016年9月10日アルネ・津山4階市立文化展示ホールで開催されている劇作家でイラストレーターの山田美那子さん(79)の初の個展みなこワールド「出雲街道むかし絵展」(主催:㈱ガット)の会場を尋ねて来ました。
山田さんは、津山市生まれで城東地区育ちの生粋の津山っ子で、津山大好きさんでもあります。
文化庁主催の芸術祭の台本を多数執筆されています。また、津山城築城400年記念ミュージカル「石の記憶」で津山市文化功労賞を受賞されるとともに、ベネッセ奨励賞、福武文化奨励賞(現代文化部門)、さらには、くすのき賞を受賞されるなど精力的に活動を続けておられます。
2012年4月15日 美咲町 三休公園(民話村)のさくらが満開でとても綺麗でした。