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取材記事内を検索ワード「K2」で検索した結果,33件の記事が見つかりました。

「スタジオK2」移転のため一時閉店

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 津山唯一のイベントプランニング会社のスタジオK2が、道路拡張工事に伴う立ち退きで、2020年2月24日(月・祝)をもち、一時閉店となりました。音楽好きの方々の想いでのスタジオ風景が消えるのは寂しいものです。そこで社屋が取り壊される前の3月8日のお別れ会の様子を送ってもらい写真集にしてみました。
 「敷地内でのリニューアルオープンを予定しておりますが、練習スタジオ、また、定期的なライブは現状営業再開の目途が立っておらず、暫くの期間ご不便、ご迷惑をお掛けいたします。」とのことでした。

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景清山 往生院 寶性寺(鏡野町)

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景清山 往生院 寶性寺
 縁起によると、各地で戦功のあった藤原景清が将軍足利利義詮から恩賞として当山の地を賜り、館を構え母と暮らしていました。やがて、武勇にすぐれ衆望厚い景清は、出世を妬んだものに謀殺され、悲歎にくれた母も後を負うように亡くなってしまいました。
 これを哀れんだ叔父の景明は景清母子の亡がらをねんごろに山内に葬り、弔いのため仏門に入ることを決心し、剃髪しました。そして、館を精舎としてご本尊を求めていた景明は、二宮村円通寺の地蔵尊を玉甫上人に乞い、当山のご本尊として安置しました。
 この地蔵尊は、弘法大師が諸国を行脚の折、疫病が流行しているこの地で、人々の苦難する姿を目の当たりにされ、平癒祈願をするために刻まれた地蔵菩薩とされています。
 この時貞治六年(1367)、玉甫上人を一山の開基とし、景清山寶性寺往生院と名付けられたと記されています。
 以来、藤原景清一族の位牌とお墓を供養するするお寺として、現在に至っています。(文:『高野山真言宗美作八十八ヶ所霊場』より)

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梅本山 観音寺(鏡野町)

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 弘仁十三年(823年)、山岳権現信仰の発達していた時代、藤原雄友の創建で、この地の泉山山中に井水権現を本尊として神仏混合の社殿を建立し、当観音寺はその宿坊の役目をしていました。
 後に勢力分離の国策のため、泉山に泉嵓神社として残し、観音寺は今この地に移転されました。その後は西屋城の戦でこの地に没した多くの兵士の菩堤を弔うために、慶長五年(1600)に頼照上人が中興となって再建されました。
 山号に梅本山とあるのは、菅原一族の一部がこの地に土着して、道真公を奉祠したのを契機に、梅本山と号したのだと思われます。
 持佛堂に阿弥陀如来と秘佛の訶利帝母尊(鬼子母神)をお奉りしていますので、子育てのお寺として信仰されています。(文:『高野山真言宗美作八十八ヶ所霊場』より)(写真:2019年10月日)

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八木山 知足院 福泉寺(鏡野町)

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  当山は寺伝によれば、行基菩薩が諸国巡礼の折、当地に立ち寄られ自ら観音像を刻まれ安置、寺号を福岡山福泉寺とし、開創されたお寺です。
 その後、弘仁年間には弘法大師も密教を広めるため、当寺に立ち寄られました。その折、寺号を知足院と改められました。そのため、当山は知足院ともいいます。
 宝暦年間に落雷により火災となり、伽藍が悉く焼失してしまいました。
 境内を現在地、米山に移して寺号を八木山福泉寺と称しました。本堂は文政二年(1819)、庫裏は明治元年の建立です。 

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別所山 無量壽院 安養寺(鏡野町)

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 当山の開祖は、嵯峨天皇の時代嵯峨山と伝えられていますが不詳です。播磨の三木城主別所家の菩提所として再建され、別所寺と呼ばれていました。
 天正八年(1580)正月に三木城が落城し、別所長治自刄の翌年、宇喜多和泉守直家により別所山安養寺と命名されました。慶長の初め、快鏡上人により再興され、度々の災禍の後、弘化三年(1846)に日笠快道上人が新住され、私財をもって本堂、庫裡を再建され、宝筺印塔を建立、西国三十三観音を勧請、野津羅井堰築堤して水路を開くなど、中興の祖となられました。久田村安養寺の略歴です。
 平成五年、もとは旧奥津町土生にあり、奥津ダム建設のため当地を得て再建、平成十年四月に落慶しました。
 本尊は、阿弥陀三尊です。他に鎌倉後期の等身大十一面観音、室町期の不動明王ほか、聖観音、弁財天、毘沙門天などを祭祀してあります。西国三十三観音は南の山、岡山から北の山、天王ノ木にかけて勧請し、遊歩道も整備してあります。(文:『高野山真言宗美作八十八ヶ所霊場』より)(写真:2019年9月16日・20日)

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2018 津山城(鶴山公園)の紅葉

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 津山城(鶴山公園)のモミジが紅葉をはじめています。2018年11月14日の鶴山公園のイチョウの木が綺麗に紅葉しているのを宮川から眺め、鶴山公園まで上がってきました。
本丸ではモミジとイチョウのコラボが美しく青空に映えていましたよ。それから、本丸から三の丸に裏から(腰巻櫓)降りる所は通行止めになっていて少し残念でした。

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2017年7月22日・24日のイナバ化粧品店

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 上記写真は、2017年7月24日のイナバ化粧品店の様子です。近くに行ったのでイナバ化粧品店を覗いてきました。ママは「毎日子どもが大丈夫?と電話をくれたんよ。疲れるけど、公演が無事に行くように全力で応援するから」と言ったら、「それが元気の源、頑張って!」「お互い頑張ろうね」と話されたそうです。また、22日は二階の前列でパパの遺影を胸に応援していたそうで、「お父さんの遺影を抱いて観ていたら、感無量になったわぁ~。でも、よく見たら、遺影は手すりで隠れていて途中で気が付き慌てて上にあげた。」と面白すぎるママです。「疲れたけど、まだまだ元気でいるわ!」とママが言うと、ファンから178歳まで生きてくださいと励まされていました。

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夜の津山城(鶴山公園)美つくりの里・旅するアート2016

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2016年11月13日夜の津山城(鶴山公園)に上がってきました。夜の鶴山公園から市内を見渡したりすると幻想的な光景が見えるし、夜だけ見えるアートもうまくコラボしていいですね。
 江戸時代に築城され、完成後400年を迎えた秋の津山城跡(鶴山公園)をアートミュージアムに代え、7名の現代美術作家が独自の世界を作り出します。点在するアートが互いに連帯・連結しあう、美術と歴史の融合をお楽しみください。

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高野公民館で高野さつき・山野草祭がありました。

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第45回「高野さつき・山野草祭り」が、平成28年6月4日・5日(午前9時~午後5時)高野公民館大会議室・研修室であり行って来ました。開催は、高野公民館活動推進協議会と高野花木園芸友の会が協同して開催。会場内にはさつき約80鉢・山野草約100鉢の丹精込めた作品が展示され、地域住民や市内外の愛好家が大勢来られていました。

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