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古窯復元 陶芸家 平川忠の取り組み

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○古窯復元 陶芸家 平川忠の取り組み
 ~ 中世備前焼の謎をさぐる 過去から・・・そして未来へ ~
2011年9月17日(土)~11月16日(水)
 前期:9月17日(土)~10月16日(日)
 後期:10月17日(月)~11月16日(水)
地元の美作大学でも教鞭を取られた備前焼作家の平川忠さんの作品展です。
平川さんは、作品制作の傍ら、古窯と山土の研究にも取り組んでいます。
2010年からは中世の土窯での備前焼再現プロジェクトを備前市教育委員会と一緒に取り組み、新聞等でも大きく報道され注目を浴びています。
今回の作品展では、第1部として「古備前」時代の窯(土窯)を忠実に再現して制作した復元作品を展示。第2部として土窯で焼かれた現代作品を展示します。備前焼の歴史と秘密を解き明かすと同時に、新しい備前焼の魅力も感じてもらえます。
展示内容
★前期:中世(南北朝、室町、桃山時代)を代表するすり鉢、壺、水差し、花器等の土窯復元作品を展示します。
★後期:中世の古窯を復元した土窯で焼いた花器、抹茶茶碗、オブジェ等の現代作品を展示します。
★平川忠ギャラリートーク
前期・・・9月23日(金・祝)14:00~15:00
後期・・・10月23日(日)14:00~15:00

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川港が栄えた町楢の今

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▲多胡酒店裏側(2011.6.14)↑写真提供:多胡益治さん

津山城をつくった森の殿様の頃から、高瀬舟がこの辺りまで来ていました。「川を下って西大寺」という、はやり言葉があったほど、ここから米やまきや穀物を積んで西大寺まで舟が行きかっていました。

ここの船着場は、舟から人や荷物のあげおろしをすることができやすいように、きちんと整えられていたそうです。そばに立つ高灯籠(たかとうろう)からは、当時の人々の願いがわかります。

「金比羅大権現」・・・航海が 安全でありますように

「天照皇太神宮」・・・天気が おだやかでありますように

「木山牛頭天王」・・・悪い病気が はやりませんように

「中山太神宮」・・・この土地が 栄えますように

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「近畿・中国・四国B-1グランプリIN姫路」から帰ってまいりました

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姫路から帰ってまいりました。

「近畿・中国・四国B-1グランプリIN姫路」ではシルバーグランプリを受賞することができました。出展に際してお世話になった姫路実行委員会の皆様をはじめ、応援いただいた皆様、本当にありがとうございました。

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城東竹灯籠さくらまつり

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城東竹灯籠さくらまつり

2011年4月2日(土)・3日(日)午後6時~午後9時(作州城東屋敷

200本の竹灯籠に灯りをともしてとても素敵な光と音の饗宴でした。さくら茶と城東地区のお菓子付きでしたよ!

会場では募金箱を設置したり、たこ焼きや竹灯籠も販売されていましたが、これらの売り上げ金は東北地方太平洋沖地震災害の義援金とされるそうです。(城東地区を元気にする会の主催)

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地蔵院

地蔵院の特殊性は、愛宕勝(将)軍地蔵、もと正殿にあった五大明王尊、つまり不動明王を中心に、降三世明王、軍茶利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王と、宕々庵にあった聖天仏が愛宕堂に祀られ、元の東照宮本殿内には徳川家康、松平忠直両遠祖の神像と五社の仏像が祀られている。まことに多彩で珍しいところ。
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/jizouin/index.html

新善光寺

高野山真言宗 新善光寺は山号を金森山と称し、天長八年(831)弘法大師によって開基され、本尊は阿弥陀如来である。鎌倉時代の遊行聖で時宗の開祖一遍上人(1238~1289)の遍歴の生涯を描いた絵巻物「一遍聖絵」(国宝・京都歓喜光寺蔵1299完成)の中の、第八美作一宮中山神社の絵巻の詞書の一節に「それ(註・一の宮)をたちて、かなもりと申所におはしたりけるに・・・」と記されており「かなもり」とは金森山を指すものであると古くから伝えられている。
一切を捨てて一生を旅のうちにあって念仏の教えを説いた一遍上人が弘安九年(1286)美作一宮から当山にきて滞在したのである。

入り口にある「茶屋林道標」は市指定重要文化財(建造物)。

https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/tera/shinzenkoji/index.html

津山歴史民俗館

主な常設展示内容 ・呉服商(錦屋)の商い風景 ・錦屋所蔵の調度品(のれん、陶磁器、汁器、家具、軸、ひな飾り等) ・幕末~明治の洋学資料(キリシタン燭台、木製望遠鏡、12支時計等) ・津山藩からの拝領品、関連資料  (葵御紋入文箱、天目茶碗、各種汁器、とうろう、天守閣の瓦等) ・日本各地の絣(幻の作州かすり)・紬類 ・森本慶三と恩師 内村鑑三の関連資料。
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/minzoku/morimoto.html

つやま雛めぐり(作州城東屋敷・城東むかし町家)

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作州城東屋敷の豪華なひな壇です。

2011年3月3日(木)~6日(日) (午前10時~午後5時まで)来てみんちゃい、歩いてみんちゃい、見てみんちゃい、津山城下町「雛めぐり」が開催されました。当日城東地区では様々なおもてなしの行事が執り行われました。作州城東屋敷では、段飾りと御殿のお雛様の展示やお茶のおもてなし、城東むかし町家ではお雛様と掛け軸の展示がありました。

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歴史民俗館と観光センター周辺のお雛様

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▲お顔もそれぞれ表情が違いますので、じっくりご覧ください。この他沢山の展示物があり、時間が経つのを忘れそうです。


雛あそびは平安朝時代(781-1185)貴族の家庭に行われた女児の遊びがその始まりといわれる。雛人形の起原は中国であるが、その思想は祓具として諸悪災害よけとして使用されたのであり、鳥取地方の流し雛はこのなごりである。
江戸時代初期の雛あそびは、畳の上に毛せんを敷き、人形をならべ、いろいろな調度品をその前に置いた。江戸中期(享保-寛政1716-1800)以後になると壇をもうけて飾り、最上段に屏風または紫裳殿になぞらえた御殿をしつらえるようになった。
内裏雛一対、随身(左大臣、右大臣)、衛士、官女、五人囃、左近桜、右近橘などそろえて宮中の風俗を模した。これに白酒、菱餅、あられ等をそなえ、調度品として箪子、長持、行器(食物を家から外に運ぶ木製の容器)から、茶の湯道具、盃等の台所用具、羽子板、鞠等の遊戯道具までそろえたが段は二段三殿であった。
江戸後期に入ると、御所車、雪洞を一・二対たて桃の花や柳をそえ花生けを置き、さらに明治時代に入ると飾り段も五段七段となった。(歴史民俗館より

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