昔なつかし津山の商店街(一番街)
アルネが出来る前の津山一番街(協同組合津山一番街は、昭和38年4月4日の設立です。)
津山一番街はJR津山駅から北へ400m程の市街中央部にあり、鶴山通り京町交差点から西へ長さ200m程続くアーケード商店街で、かつての出雲街道筋に沿っています。
平成6年に付け替えられたアーケード入口には「ソシオ」のロゴが記され、現在商店街は「ソシオ一番街」といわれています。(文:おかやま商店街ナビより)(写真提供:中山須美子さん)
アルネが出来る前の津山一番街(協同組合津山一番街は、昭和38年4月4日の設立です。)
津山一番街はJR津山駅から北へ400m程の市街中央部にあり、鶴山通り京町交差点から西へ長さ200m程続くアーケード商店街で、かつての出雲街道筋に沿っています。
平成6年に付け替えられたアーケード入口には「ソシオ」のロゴが記され、現在商店街は「ソシオ一番街」といわれています。(文:おかやま商店街ナビより)(写真提供:中山須美子さん)
2008年3月11日の津山駅周辺を取材した時の様子です。
今から随分前に津山駅前のビルにあった明宝映画館に田舎の小学校からクラスみんなと「にあんちゃん」の映画鑑賞にきた覚えがあります。その頃は津山に来たら、横綱饅頭をお土産に買ったこと、また、駅前の喫茶さくらでの時間調整等々想いでの多い建物たちの写真です。
2017年3月5日・6日津山市中心商店街で「おかみさんの雛まつり」がソシオ一番街であり行って来ました。
商店街の中では雛まつりコンサートや押し花教室などがありましたよ。今年は十三参り、二十歳、寿などの帯結びが展示されていました。また、それぞれの店舗でも昔雛の展示や、幼稚園生の折り紙で作った可愛いお雛様の展示もありました。
アルネが出来る前の銀天街附近(協同組合津山銀天街の設立は、昭和36年1月13日です。)
なんと津山で一番先に設立された商店街だそうです。(写真提供:中山須美子さん)
(アルネが出来る前の五番街附近)
師走になり、市内のイルミネーションも綺麗に飾られ、毎年私たちを楽しませてくださっている事に敬意を払いながらイルミネーションめぐりしてきました。(2016年12月12日撮影)
五番街附近でアルネが出来る前の写真をお借りしました。
五番街の名前の由来は、なんと、高橋真理子が歌った「五番街のマリー」から名づけられたのだそうです。なんで二番街、三番街、四番街がないのか?といつも不思議に思っていた謎が解決しました。
(写真提供:中山須美子さん)
当初、森家の重臣赤座主殿の屋敷神として城内にあったが、明治5年(1872)2月に、城内から京町に移され、現在は町内神として杷られている。
河川や海上安全を祈念する金毘羅神社は、吉井川の高瀬舟運行関係に従事した人々の信仰を集め、特に「金」の文字が付くことから商売繁盛の神としても信仰されている。
2015年4月14日取材
『津山に残るなつかしの映画チラシ』展 4/4日(土)~2015年6月7日(日)
(同時展示:河野磐 制作の映画ポスター)
映画が娯楽の王様だった時代、津山にも多くの映画館や劇場がありました。
今回は津山で上映された映画の広告チラシ(各映画館が作成した大正期~戦後作品までの貴重なチラシ。総数75点。)を展示しています。懐かしい映画館や映画作品のチラシで、当時の津山の庶民文化を振り返って楽しんでみてください。
また、昭和20年代、河野磐さんが津山市民に映画を告知するため描いた映画ポスターもお借りして飾っています。(2014年4月23日取材)
2014年8月2日(土)・3日(日)に津山市恒例のごんごまつりがありました。
今年こそは天気予報も予想はよかったので晴れるだろうと期待していた花火大会も、昨年に続きザーザー降りの雨でしたが、雨にも負けず今年も無事、約4000発の花火が津山の夜空に上がりました!
3月28日、今津屋橋商店街をメインストリートに、街なかに賑わいを創出し、中
心市街地の活性化を図るべく牛肉料理等を提供する津山肉ビルに「憩 い屋 颯
花」「大衆肉酒場 いぶし銀」の2店舗のお店がオープンしました。オープニング
セレモニーでは宮地市長のあいさつを始め、来賓者の祝辞があり、店長の決意表明
がありました。