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取材記事内を検索ワード「鉄道」で検索した結果,126件の記事が見つかりました。

美作河井駅周辺のさくら

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美作河井駅(みまさかかわいえき)は、岡山県津山市加茂町山下にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)因美線の駅である。1931年(昭和6年)9月12日 - 因美南線 美作加茂駅 - 当駅間延伸により開業。当初は終着駅であった。1932年(昭和7年)7月1日 - 当駅 - 智頭駅間が開通し、途中駅となる。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR西日本に継承される。
1997年(平成9年)11月29日 - 無人化、棒線化。

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立石家(立石岐について)

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自由民権と産業振興で活躍した立石岐 ~作州発展につくした時代の先覚者~
 幕末から明治時代のはじめにかけては、開国の影響と新政府による近代化への改革で、世の中が大きく変わりつつありました。そのころ作州(美作地域)で、近代産業を発展させようと立ち上がったのは、豪農といわれる人たちでした。明治11年(1878)、立石岐、中島衛、内田饒穂、安黒基たちが、養蚕・製糸業をすすめようと「共之社」を結成しました。さらに彼らは、岡山県議会議員となり、自由民権運動を積極的にすすめました。
 彼らの運動は「豪農民権」といわれていますが、その中心となって活躍したのは、立石岐でした。岐は、国会が開設されると、最初の議員となりました。その後も、中国鉄道の建設や学校教育の推進、キリスト教の伝導などで活躍し、作州の産業・文化の発展に大きな業績を残しました。

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津山まなびの鉄道館 転車台回転実演 DD51-1187

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2017年2月11日の朝に扇形機関車に行って来ました。この日は転車台にDD51形ディーゼル機関車を搭載して転車台回転実演のイベントがある日でした。朝はとても風が強くて寒さも半端じゃ~ない。けれども、遠くからお越しの家族連れのお客様がお出でになっておられたのを考えると感謝でした。それにしても子どもは、機関車庫の中に残っている雪を見つけてはしゃいで元気いっぱいでした。

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美作加茂駅で見かけた除雪列車 MC-4640

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美作加茂駅に可愛い除雪列車 MC-4640が泊まっていました。除雪車というと大きな車体をイメージしていたのですが、この除雪車はコンパクトで何だかほほえましくて写真に収めて帰ってきました。津山市内は殆ど雪が解けているのに対して美作加茂駅周辺はまだまだ雪が沢山残っている中でひときわ目立つ色が印象的でした。この線路の除雪作業を行うラッセル車は発明者のラッセルさんの名前だったんだと後から知りました。(2017年1月19日撮影)

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(公社)津山市観光協会が『南十字星章』を創設

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2014年5月29日 津山市観光協会は昨年9月に市議会が決議した「観光立市宣言」を受けて、おもてなしを盛り上げようと観光協会独自のマイスター制度を設け3人に授与しました。
 食を通じた地域おこし「津山ホルモンうどん研究会」代表の鈴木康正さんは「市民が喜び、訪れた人に笑顔で帰っていただけるようなまちづくりを続けたい。」、私設美術館「M&Y記念館」・津山城鉄砲隊などを設立した豊福恒弘さんは「自信を持って津山を世界に発信していきたい。」津山の観光ガイドや清掃ボランティアなどに取り組む藤木靖史さんは「大好きな津山の役に立ちたい。」など抱負を述べられました。

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初日の出スポットとゆく年くる年の過去の取材まとめ

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2016年の那岐山麓「山の駅」から見たご来光です。

皆様はどんなゆく年くる年をお迎えでしょうか?「津山瓦版」も今年は12年目を迎えます。ここまで続けて来られたのも皆様のご支援のおかげと厚く御礼を申し上げます。今年もスタッフ一同、津山の情報や近隣の情報をお送りしていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。「Facebook]」も見てね!

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今井橋について(津山市)

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今井橋は、岡山県津山市を流れる吉井川に架けられた橋です。
旧今井橋之記
 境橋、今津屋橋の間の新橋を架設する事は住民が永く願望しており、当時姫津鉄道(現在の姫新線)の全面開通時期が迫るにあたって気運が高まりました。有志を募り期成同盟会を組織し、第一大谷土地区画整理組合と提携し、現実化に向け奔走している時、坪井町の今井壽恵氏が一万円を寄附し架設資金に充てられ完成しました。昭和十一年四月二十日開通の式典において姓を頂いて橋名としました。此処に栄誉を称え記念碑を設置し後世に伝えます。(記念銅版より抜粋)

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三橋神社(船頭町)

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船頭町の三橋神社と小性町の同名神社は夫婦神社で、元々一つの神社ではないかといわれているが定かではない。
船頭町の三橋神社は寛文3年(1633)勧請され文政年聞になって表門が設けられた。
船頭町の由来は、森氏がこの町の人に年貢米や諸物資の運搬の任にあたらせたのが、町名の由来である。
高瀬舟は、津山舟54隻、長岡舟(八出~柵原)116隻、備前田原舟(和気町)16隻の計186隻が出入りしていた。
橋の上手(東方)には、番所、制札場、高灯龍があった。今津屋橋を架設した今津屋平蔵は、明和元年(1764)に蔵元になったと伝えられている。明治になり交通や営業に制限がなくなり高瀬舟は増加し、船の数は209隻を数えた。しかし、明治31年(1898)に中国鉄道が津山(現津山口)~岡山が開通。以後、高瀬舟は急速に衰退していった。

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「みまさかノスタルジー」に乗車してきました。

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2016年6月12日「みまさかノスタルジー」に乗車、2号車の指定席に座り岡山へと向かいました。(上り列車(岡山→津山)は金川~津山駅間、下り列車(津山→岡山)は弓削~岡山駅間)
 津山駅では、懐かしいコカコーラの瓶の自動販売機と出会い、途中の車内では名誉車掌長が「記念乗車証」を配付したり、「オリジナル記念撮影ボード」で記念撮影や、車窓を眺めながらビュースポットの説明をしてくださいました。途中の車内放送では津山線にまつわる歴史や沿線の観光スポットなどの案内がありました。ゆっくりした旅もいいもんです。(詳しくは、「JRお出かけネット」でどうぞ)

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因美線 美作加茂駅 

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美作加茂駅(みまさかかもえき)は、岡山県津山市加茂町桑原にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)因美線の駅である。
津山方面からの一部の列車が当駅で折り返す。かつては急行「砂丘」の停車駅であった。1928年(昭和3年)3月15日 - 因美南線として美作加茂駅 - 東津山駅 - 津山駅間が開業した際に設置。当初は起点駅であった。
1931年(昭和6年)9月12日 - 因美南線が当駅から美作河井駅まで延伸。途中駅となる。
1932年(昭和7年)7月1日 - 因美南線が因美線の一部となり、当駅もその所属となる。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化で西日本旅客鉄道の駅に。
2000年(平成12年)4月1日 - 津山鉄道部美作加茂分室廃止、無人駅(簡易委託駅)化。これに先立ち3月11日から営業時間が縮小されていた。2003年(平成15年)6月 - 現在の木造駅舎になる。

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