「春の洋ラン展」がありました。
津山文化センター 展示ホール(津山市山下)で3月6日~3月8日
津山ラン友の会の皆さんが丹精込めて育てた蘭の花の展示会がありました。友人と訪れたのですが、今年は珍しい蘭も多く出されていて大いに楽しめました。それに、シンビジュームやカトレアの甘い花の香りに包まれ優雅なひと時が過ごせました。また、押し花グループ「工房 咲季」さんの作品も飾られていて素敵でした。(2015年3月8日取材)
津山文化センター 展示ホール(津山市山下)で3月6日~3月8日
津山ラン友の会の皆さんが丹精込めて育てた蘭の花の展示会がありました。友人と訪れたのですが、今年は珍しい蘭も多く出されていて大いに楽しめました。それに、シンビジュームやカトレアの甘い花の香りに包まれ優雅なひと時が過ごせました。また、押し花グループ「工房 咲季」さんの作品も飾られていて素敵でした。(2015年3月8日取材)
山本神社(高野山西)2015年1月25日取材
山本神社は昭和14年11月吉日 山本繁俊さんが建てたもので個人所有のものです。
山本さんのご親戚の方がお掃除などをされていて、今でも年一回お祭りをしていらっしゃるそうです。
福力荒神社大祭は、2015年はは2月19日(木)~2月21日(土)の3日間でした。(旧正月)
福力荒神社は、まむし除けと安産の神様として知られています。(蝮除け・子授け・安産・家内安全・学業成就・交通安全・商売繁盛・良縁等の御利益)2008/2014
3ケ日には安産・蝮除け・学業成就など願う10数万人もの参拝者で賑わい、参道には200軒もの露店が立ち並び全国各地から来ている露店で買い物し、お店の人とのトークも楽しめました。
北山に、こあざ五輪谷といわれるところがあります。
ここには、くずれ落ちてうもれた五輪墓の墓石がたくさん出てきます。くわしく調べられていないので、どのくらいの数がうまっているのかわかりません。
今までに、出てきた墓石を一か所に積みあげてありますが、およそ百こ以上もあります。組みたてたら、りっぱな五輪墓となることはまちがいありません。
では、なぜこの地にこのような五輪石がたくさん出てくるのでしょうか。研究している人の話では、ここにお寺があったのだろうということです。五輪石は仏教の墓だからです。
石の大きさやかたちなどから考えて、室町時代から戦国時代のおわりまでのものではないかといわれています。さらに、くわしく調べると、文字のきざまれた石も発見することができるかもしれません。
つやまギャラリーⅢ2015年2月1日くらやアートホールにて津山市教育委員会主催の「浮世絵ー役者絵あれこれー」美作出身の医家が収集した浮世絵の中から、歌舞伎役者を描いた「役者絵」を展示。津山初公開のものを中心に選ばれたそうです。
国貞
歌川国貞は江戸後期から幕末にかけて活躍した浮世絵師で、初代歌川豊国の門人です。五渡亭、香蝶楼、一雄斎、浮世又平、不器用又平など数多くの号を使いました。作画期間が長く、膨大な量の作品を残しています。
下押入の県道兼田上横野線の山西境のところに、元禄年間(1688~1704)に、つくられた花崗岩の道標が立っています。(字建石)
この道標は、東はいなば道、西は加茂道と書いてあります。東はいなば道はわかりますが、西加茂道というのは、」ちょっとふしぎな気持ちがします。西は、津山城下の方角だからです。
よくしらべてみると、道標の西の方、鹿の子橋の手前で、北に行く古い道があります。
小野のお通
江戸時代のはじめのころのことです。
高野押入村に、女の子が生まれました。名をお通といいました。小野は、母方の姓です。
お通は5才で、和歌をよみました。10才になると、布を織ることをおぼえ、12才で、むずかしい漢学の本がよめるようになりました。
そのうえ、とても美しい娘だったので、美作の国中で評判になりました。
16才になったときうわさを聞いた都のお金持ちが、およめにほしいともうしこみました。お通は気がすすまないようすでしたが、およめにいくことがきまりました。
狐塚遺跡(きつねづかいせき)
この遺跡は古墳時代後期(七世紀前半、約1300年前)のムラの跡です。津山東中学校の建設に先立ち津山市教育委員会が1973年に発掘調査しました。
東西100、南北30mの調査範囲から竪穴式住居址二五軒、建物跡十一軒が発見されました。これらの遺構からは鍛冶炉とともに多量の鉄滓(製鉄や鉄加工をした時に残る鉄かす)が見つかりました。鉄滓には、製鉄をした時にできる製錬滓があることや、鉄鉱石の破片が住居内から出土したことから、このムラに住んでいた人々は、製鉄や鍛冶にたづさわっていたことがわかりました。(前回の取材)
良薬口に苦しと申しますが、今回は薬を特集してみました。(2014年9月27日取材)
▲薬研(やげん)は、漢方薬などをつくるとき薬効を持つ薬種(草・根・木あるいは動・鉱物質)を細粉にひくのに用いる器具で別名「くすりおろし」ともいう。石製のほか、鉄製、木製、陶製がある。かつては石製のものが多かったが、今日では金属製のものが多い。(ウィキペディアより)
下の薬の展示ケースですが、津山洋学資料館が開館する前、前館長が偶然大阪の薬問屋さんに展示してあったものを見つけて、譲って下さいとお願いしたところ快く譲って下さったそうです。これ等の展示物は、今でも実際に売られています。それから、設計図は壁だった所を展示用のスペースに設計し直したそうです。
2015年1月2日、明けましておめでとうございます。昨年はこの「津山瓦版」というローカルなサイトを見て下さった大勢の皆様に厚く御礼申し上げます。皆様にとって今年が幸多からんことをお祈りし、本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
さて、元旦にかけて雪が降ってとても寒い年明けとなりましたが、それでも昼間は道路の雪も溶けたので津山を代表する観光地「衆楽園」まで行って来ました。