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取材記事内をタグ「津山の今昔」で検索した結果,31件の記事が見つかりました。

「邪美館」閉店の日

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2018年9月29日に長年ジャズ喫茶として多くの市民の憩いの場だった邪美館(道路側が邪美館で、奥がビジネス旅館「蛇の目」として営業)が閉店しました。作陽音楽大が津山に在った頃は、音大の先生や生徒さん、津山中央病院の先生などジャズが好きな方が大勢来られていたのを思い出します。利用されていた方々の懐かしい思い出が詰まった津山の隠れ屋的なお店が消えるのは淋しいですね。
46年と長い年月素敵な思い出を残してくださったマスターをはじめスタッフの皆さん本当にお疲れ様でした。

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津山・美作の国いにしえギャラリー by 江見写真館(第3回)

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二宮の松並木です。津山景観図屏風左隻 春の二宮の在りし日の松並木の様子が描かれています。また、説明もあります。

 1873年創業の江見写真館には三代目江見正(1890-1976)撮影の地域の歴史を記録するガラス乾板が多数保存されています。(写真、文:江見写真館提供)※一切の写真の無断転載を禁じます。

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昭和38年~平成4年頃の元魚町商店街

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 銀天街や元魚町でまちづくりに関わってきた出口剛三さんからお話をお聞きすると、「なぜ早くから県北に商店街ができたのか不思議だったが、市(いち)としては明治初期の頃からあったようです。その当時は天然痘が流行っていて世の中が暗くなっている時に、少しでも町を明るくしようと、富クジを始めた。それが大当たりしたのが誓文払いのはしりとなった。平成4年頃の商店街には、それぞれの顔があり、元魚町商店街は、古本を集めてフリーマーケット(現在のフリマのはしり)をした。また、一番街はお化け屋敷、銀天街は生けすでうなぎを釣ってもらったり、カブトムシを展示したり、各商店街がそれぞれに抽選会をやった。当時のイベントで今でも残っているのは、幼稚園の子どもに協力してもらった一番街の七夕まつりです。」と教えてくださいました。(協同組合元魚町商店街の設立は、昭和38年7月22日です。)(平成29年7月現在の様子です。)(アルネが出来る前の銀天街の様子

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津山・美作の国いにしえギャラリー by 江見写真館(第2回)

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衆楽園 遠くに津山城天守 昭和11年撮影
 1873年創業の江見写真館には三代目江見正(1890-1976)撮影の地域の歴史を記録するガラス乾板が多数保存されています。(写真、文:江見写真館提供)※写真は「津山瓦版」のみ使用可です。

衆楽園は、江戸時代初期に津山藩主・森家によって築造された回遊式の庭園です。元禄11年(1698)に松平家が藩主となって以後幕末までは、家臣や他藩・他家からの使者を謁見するための「御対面所」、または藩主の隠居所の庭園として使われ、明治3年(1870)に「衆楽園」として命名されました。  衆楽園は津山城の北側(津山市山北)に位置しており、庭園は南北に長い敷地で、大半を池が占めています。別邸跡の古い建物群は現存せず、それらを再現した建物(余芳閣・迎賓館・風月軒ほか)が建っています。(津山城より

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駅前商店街にあった喫茶サクラ

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 イナバ化粧品店で難波さんの奥様と出会い、みんなでワイワイガヤガヤ話しているうち、駅前商店街の喫茶サクラの話となり取材させていただきました。津山駅前で昭和21年に難波さんが親子二代にわたり68年間営業して来られ、長い間市民に親しまれてきた「喫茶サクラ」が津山駅北口広場の整備に伴い2014年10月19日に閉店となりました。記憶の中にあるサクラと言えばサイフォンでたてるコーヒーでしたね。幾度となくお邪魔した当時の懐かしい写真をお借りしてきました。(2017年5月18日撮影)(※10年前の様子です。)

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津山駅周辺の10年前の様子です。

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2008年3月11日の津山駅周辺を取材した時の様子です。
 今から随分前に津山駅前のビルにあった明宝映画館に田舎の小学校からクラスみんなと「にあんちゃん」の映画鑑賞にきた覚えがあります。その頃は津山に来たら、横綱饅頭をお土産に買ったこと、また、駅前の喫茶さくらでの時間調整等々想いでの多い建物たちの写真です。

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地元の人が地元の風景を撮影した懐かしき平福地域の今昔

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2017年3月10日~12日まで佐良山農業研修施設・佐良山公民館で、「さら山景観展」(主催:佐良山住民自治協議会)がありました。地元の人が地元の風景を撮影した懐かしき平福地域の今昔ですが、時代の移り変わりを写真を通して見ると客観的に見えていいものだなと思いました。

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アルネが出来る前の吹屋町界隈の写真

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吹屋町
寛永2年(1625)に、瓜生原村と金屋村から移住した鋳物師によって成立したとされる町である。江戸時代前期の様子を伝える絵図では鋳物師町と記載されているものもある。吹屋とは鋳物師の別称で、この町に住む職人によって、美作地域の多くの寺院の梵鐘が鋳造された。また、日常的には、鍋・鎌の修繕なども手がけていた。(文:津山まちづくり本舗 津山城下町まちなか お社巡りより)(写真提供:中山須美子さん)

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中山神社の御神鏡の拓本と大正3年の写真

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2017年2月7日に中山神社の近くに住む森玄保さんに中山神社にまつわる貴重なお話を伺って来ました。上記の写真は大正3年に建てられたもので、当時の中山神社の拝殿には壁がなかったそうです。それから徐々に現在のような姿になってきたそうです。(大正3年の写真には拝殿の壁がない。)

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津山城跡で行われた博覧会

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姫新線全通記念・産業振興大博覧会が津山市主催で昭和11年3月26日~5月5日の期間に行われた時の記念写真です。この写真は第一会場の写真と書いてあります。(上記写真の提供は保田扶佐子さん)


 津山城は明治維新後の廃城令により建物は取り壊されてしまいました。しかし、その後の保存運動により城跡は「鶴山公園」として整備され、また、福井純一氏などの尽力により、桜の名所としても有名になり、津山のランドマークになっています。
 現在でも桜の季節には「津山さくらまつり」が開催され、また、その他にも数多くのイベントの会場として使用されていますが、過去には、津山で3回行われた博覧会の会場にもなっていました。巾でも昭和11年(1936)に行われたものでは、元々の形とは全く違うとはいえ目玉として天守閣が再建されています。その天守閣の写真などが様々な機会などで紹介されており、ご存じの方も多いと思いますが、博覧会の様子を知る方は少なくなっています。
 そこで、ここでは当時の古写真や記録を基に、再建天守閣以外の博覧会の様子についてご紹介します。(文:津博No.84より抜粋)

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