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成道寺

慶長9年(1604)に津山藩主の森忠政建立したお寺。表門は明治35年各個(1902)に元津山藩庁ならびに北条県庁の門を譲り受けている。元津山藩庁の門だけにあって、普通の仁王門とは違い、頑丈な扉と北側に番士部屋のある厳重な構えになっています。本尊は阿弥陀如来。
津山を代表する俳人西東三鬼の墓碑があるそうです。
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/tera/jyodouzi/index.html

東海山 本源禅寺 (小田中)

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 寺の前身は神戸(じんご)村にあった南北朝期の安国寺と伝えられています。寛永16年に本源院忠政の御霊屋が完成し、天和3年(1683)忠政の50回忌にちなんで本源寺と改称した。境内の墓地には森氏代々の五輪墓がある。
森家大名墓と御霊屋・表門は津山市指定重要文化財(建造物)。木造森忠政公坐像は津山市指定重要文化財(彫刻)。
2009.1月取材

https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/tera/hongenzi/gallery.html

愛染寺

城下町津山の西寺町を東西に走る旧出雲街道に面して建つ愛染寺。もとは金剛寺と称したが、延宝年中に愛染寺に改名。
鐘楼門の両脇に仁王堂が付属している珍しいもので、下層柱を内転びにするなど細かい技術的工夫がされている。
鐘楼門及び仁王堂は、岡山県指定文化財建造物に指定され、仁王像は市指定文化財彫刻にも指定されている。
5月の上旬にはボタンが見頃。
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/tera/aizenzi/index.html

妙法寺

妙法寺は山名美作守忠政が鶴山柳の段に妙王院を創建(1440年頃)したことに始まる。1570年頃中興法恩院日充上人が妙王院を妙法寺と改称する。森忠政が美作に入り(1603年)築城地を鶴山に決定した。これに伴い妙法寺を南新座へ移した。その後、城下町造営の拡大に伴って、西寺町の現在地に移った(1617年)。
現在の妙法寺本堂は、県の重要文化財に指定されており、正面5間(16.9m)側面(18m)の大きな平面を持った堂宇である。鬼瓦の側面の記載により1653年頃の完成と思われる。他に市の重要文化財に指定されている鰐口があるが、この鰐口には(慶長18年(1614)年暦9月21日作州富川村妙法寺)とあり、これが(津山)の名称の、現在確認できる最初の使用例とされている。境内には、津山藩松平家絵師狩野如林、森家刀匠兼景、文人画家飯塚竹齊、女子教育の先駆者竹内文子などの墓がある。(情報提供:妙法寺)
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/tera/myouhouzi/index.html

泰安寺

当山は詳しくは、天崇山泰安寺と称する浄土宗の大本山知恩院の末寺で美作国での大寺である。
慶長8年(1603年)信州川中島から津山藩主として入国した森忠政に従って来た旧領美濃国の金山涅槃寺住職前蓮社眼誉が南新座に創建した覚王山涅槃寺からはじまる。
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/tera/taianzi/index.html

本琳寺

琳寺は岡山県津山市にある真宗大谷派(東本願寺)のお寺です。本琳寺の琳の字はお浄土の寂静を意味しているといわれています。
1621年 東本願寺の末寺として、この津山の地に建立。初代本琳寺住職、釈宗俊より始まり、現在、13世釈晃順に受け継がれている。江戸中期に本堂が落雷により焼失。
その後門徒の力により仮本堂を建立。今日に至る。250年たった仮本堂も老朽化し、さらに平成10年の大水害により基礎部分の腐敗が急速に進み、新本堂再建の機運が極まり、2007年春より本堂建立に着手し、2008年3月末日に竣工致しました。本琳寺門徒、縁者のおかげと深く感謝いたしております。(情報提供:本琳寺)
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/tera/honrinzi/index.html

淨圓寺

美作国主森忠正公の伯母君妙向尼の養子。これを戸川町妙願寺の開基とする。その孫(一説には妙願寺住職引退後)浄圓法師、慶長」3年、宗主准如上人御代にあたって浄圓寺を建立し、ここに隠居する。これをもって当山開基とする。
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/tera/jyoenzi/index.html

妙津寺

誰でも、一声かければ、本堂も見せていただけるそうです。

現住職の祖母が親寺(大阪)で尼さんになり、岡山へ来られた。その後、岡山で信者さんが増えて地盤が固まったのでそこは他の方にまかせ、昭和8年に信者さんが土地をご有志してくださった津山へ来られたそうです。

昭和9年7月仮親会場設立。昭和26年現本堂建立。

https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/jyoto/myoshinji/index.html