津山肉ビル完成記念式典がありました。
3月28日、今津屋橋商店街をメインストリートに、街なかに賑わいを創出し、中
心市街地の活性化を図るべく牛肉料理等を提供する津山肉ビルに「憩 い屋 颯
花」「大衆肉酒場 いぶし銀」の2店舗のお店がオープンしました。オープニング
セレモニーでは宮地市長のあいさつを始め、来賓者の祝辞があり、店長の決意表明
がありました。
3月28日、今津屋橋商店街をメインストリートに、街なかに賑わいを創出し、中
心市街地の活性化を図るべく牛肉料理等を提供する津山肉ビルに「憩 い屋 颯
花」「大衆肉酒場 いぶし銀」の2店舗のお店がオープンしました。オープニング
セレモニーでは宮地市長のあいさつを始め、来賓者の祝辞があり、店長の決意表明
がありました。
津山市野介代に咲いている「花もも」の花が満開できれいです。(2014.4.12)
いつも通るたびに、「きれいだなぁ~」と見とれてしまいます。今年こそはと写真に収めてきました。聞けば、以前には大きな「花もも」の木があったのですが、台風で倒れてしまったのだそうです。その木はとても綺麗だったので大阪から写真を撮影に来られたこともあるそうで、なるほどと納得する美しさです。
昭和60年(1985)の年賀郵便切手にも使用された竹細工の作州牛、その作州牛を作る白石靖(きよし)さんをお尋ねしてきました。「16歳の時に父親を助けようと思い、家業の竹細工の見習いを始め、約3年の修行を経て昭和32年父親と一緒に試行錯誤しながら考案した作州牛が今では津山の代表的な郷土玩具と言われるようになった。」そうです。(2014年3月11日取材。)
2014年4月4日に小桁のカタクリ自生地に行って来ました。
カタクリはユリ科の植物で、その可憐な姿から"春の野の花の女王"といわれています。花が咲くまでに7~8年もかかり、人が踏んでも死滅してしまうという程か弱い植物です。今では、市内でほとんど見られなくなりました。自然の大切さを学び草花と親しむ場として、貴重なカタクリの自生地を残していくため、・自生地への立ち入りや採取を禁止します。・付近の土砂の採掘を禁止します。
土地所有者一同・小桁日上町内会・津山カタクリの自生地を守る会(文:立札より)
津山信用金庫本店4階屋上(津山市山下30-15)に「お花見スポット」が出来ました。
日時:平成26年4月3日(木)・4日(金)・7日(月)※雨天の場合は中止です。
時間:9時~15時(津山信用金庫店頭営業時間内)(館内の出入口は北側玄関になります)
※お茶菓子のおもてなしもあり、至れり尽くせりでした。お問合せ:・0868-22-4121(津山信用金庫総務人事部)
2014年と3月2日と3月19日梅の花を探しに丹後山へ行って来ました。ここは昔、津山藩の重臣大塚丹後守の屋敷があったことが名前の由来。宮川を挟んで津山城跡と向き合い、桜の名所としても知られています。山頂には津山測候所や、キリ スト教の墓地等があります。城東地区と丹後山は深く関わり、山頂への道は5本を数えます。上之町通りから山頂までは10分で登れます。(2010年2月の丹後山)
三鬼の最後の弟子 白石 哲さん、俳号は白石不舎(しらいし ふしゃ)
大正13年(1924)、津山市生まれ。西東三鬼に師事。遺言により津山に西東三鬼之墓を造立す。以後俳壇と無縁も上京後三橋敏雄らと交遊、俳諧滞らず、昭和61年帰郷と共に、西東三鬼顕彰を志す。「綱」主宰。句集「作州」。西東三鬼賞委員会副委員長。
平成24年2月27日、逝去。
▲後山の伴俊美宅の西側の三叉路に「右一ノ宮 左大たい寺道」、
野村から高倉に入った揚船の四辻に「左一の宮 大たい寺」、後山の伴俊美宅の西側の三叉路に「右一ノ宮 左大たい寺道」、と刻まれた道標があり、この道が一宮街道であつたことを示している。「一宮」は美作国の一宮である中山神社で津山市一宮にあり、遠くから牛馬農耕の守護神として参詣される。「大たい寺」は「美作西国三十三カ所霊場」の第八番雲光山大帯寺で津山市勝部にある。2013年12月11日取材
2014年1月31日 宇那提の森(ムクノキ)(市指定天然記念物)
千光寺の墓地には珍しい墓碑が二基ある。その一つは、槍の形をした鉄製の墓碑で、"宗越作藩舊臣本多監物重威貫一虚空居士"と戒名が刻まれ、慶応3年(1867)に鋳物師百済助順が建てたと刻まれている。
いま一つは、酒を入れる角樽の形をした墓石で、水鉢が盃形、花筒が徳利形(現在、花筒は破損し竹になっている)の立派な墓碑である。夫婦墓で、樽形の墓石に"桃林樹仙信士"(宝暦3年3月15日没)、"空山恵光信女"(宝暦3年8月19日没)と戒名が刻まれ、台石にその子息と思われる者が、建碑の趣旨を次のように刻んでいる。