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作州忍者鶴山隊 2024 国際忍者学会参加報告会と研修会

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 2024年10月26日(土)13:30~15:00 津山城西公民館において、作州忍者鶴山隊の隊長克丸こと 河部克己さんから「2024 国際忍者学会参加報告会」と「甲賀にある津山城」の話を興味深く聞かせていただきました。その後、今年、ともちピンクさんが受験した「甲賀流忍者検定」の資料を頂きましたが、とても難しく検定問題はチンプンカンプンでした。

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津山弥生の里文化財センター 企画展・ミニ企画展

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 2024年7月16日の小雨煙る中、津山市沼にある津山弥生の里文化財センターに伺いました。目的は、埋蔵文化財発掘調査速報展 津山の歴史を掘る「企画展 土で作られた生き物たち」です。
 「発掘調査で最もたくさん見つかる遺物は、土で作られたもの(土製品)です。土製品のなかには、ちょっと変わったものもあります。今回の展示では、生き物が表現されている土製品を集めました。」との説明が書かれてありましたので紹介してみます。
 また、今回の企画展は、市内中学校の職場体験学習の一環で、展示物を収蔵庫から出して、展示物を見やすくするための台を作る作業を中道中学校、展示物をケースに入れて、解説パネルを掲示する作業を津山東中学校の生徒が担当され、それぞれ丁寧な作業をしてくれたそうです。

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史跡 大谷・定古墳群(真庭市)

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 2021年5月12日「第1回さららバス研修 古道をたずねる」北房方面~多和山峠~の研修に参加してきました。大谷1号墳遺物見学の様子を記しておきたいと思い組んでみました。


 真庭市上中津井の地では7世紀に入ってから、定東塚・定西塚・定北・大谷1号・定5号・定4号という6基の横穴式石室の方墳が次々と築かれました。これらを総称して大谷(おおや)・定(さだ)古墳群といいます。
 6基の各古墳はいずれも、石垣状の列石を有する段構造の方墳であることを大きな共通点としており、技術的に一連の系譜上にあることを示しています。
 出土遺物をみても、大谷1号墳の環頭大刀や定東塚古墳の全製品に代表される豪奢な副葬品などから、大谷・定古墳群の被葬者がこの地域を治めていただけの首長にとどまらない、かなり広域に影響を持つ特殊な立場の人物であったことが十分に考えられます。
 7世紀代という、この時期の古墳が特定の地域に集中し、連綿と築かれるというありかたは西日本でも大変珍しく、そのことから大谷・定古墳群は国の史跡に指定された。真庭市教育委員会(文:現地案内板より)

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三日月藩租「森長俊の人となり」

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 三日月藩祖森長俊が生まれたのは慶安二年(1649)年九月八日で、津山藩二代藩主森内記長継の第八子(五男)として、作州鶴山城中で誕生しました。


 三日月藩祖の森長俊は非常に人情に厚かった人で、外寛内勇、諸侯の中でも特にすぐれた人材でした。
 長俊は、兄の伯耆守長武によって藩主になることができたので、生涯その恩を忘れず、長俊の邸は目白にありましたが、たびたび長武の関口邸をたづね慰問しました。長武には多くの弟があったが、長武が鉄山と号して関口邸に隠居してからは、皆疎遠になりました。しかし長俊だけはそうでなかったので、長武はその心をほめ、「自分がもしもっと早くに、長俊のこの気持ちを知っていたら五万石を与えたであろうに、惜しいことである」といったといわれています。
 父の内記長継は、隠居してから後、竜口邸から芝邸に移って夫人と同居し、長継の死後、夫人は長清院と名のりました。この人は、長俊には義母にあたります。しかし夫人が長俊を愛すること実子のようで、長俊もたびたび訪れて夫人を崇敬し、夫人は珍しいよい品物があると長俊に与え、夫人に事があるときは、子は多かったが、いつも長俊を特に呼んで相談し、長俊はその芝邸で住居しました。

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出雲大社と古代出雲歴史博物館を訪ねる

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 新年早々に能登地震に羽田空港の事故など悲しい事件が立て続けにあり、重苦しいお正月になりました。被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
 2024年1月3日、友に誘われて出雲大社に参拝、そして古代出雲歴史博物館を訪ねてきました。
お昼前に津山を出発、大山に着くころから雨が降り出し、出雲大社に着いた時にはどしゃ降りでしたが、本殿にお参りするころは小雨になり、滞りなく参拝を終えました。
 その後、島根県立古代出雲博物館を訪ねてきました。お正月三が日は無料!全館撮影OK!、しかも国宝の本物が見えるとのことでラッキーでした。島根は何度も訪ねたお隣の県ですが、まだまだ知っているようで知らないことがいっぱいです。今度は古代出雲歴史博物館をゆっくりと拝見したいと思える素敵な場所でした。

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ミニ企画展 「彫無季ー彫書とその世界ー」

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津山郷土博物館  ミニ企画展 「彫無季ー彫書とその世界ー」令和5年8月5日(土)~9月18日(月)
 津山市出身の彫無季(本名河野省三)は、独学で中国の拓本などから書を学び書と彫刻とが一体となった「彫書」という独特な芸術を創造しました。後進の指導をしながら多くの作品を残され、本市に百点もの作品を寄贈されています。これまでに本館においても展覧会においてご紹介しておりますが、彼が残した彫書や書などの素晴らしさを再認識していただいて、古典的でなおかつ前衛的な彫書の世界をご堪能していただければ幸いです。(文:津山郷土博物館)(2023年8月20日撮影)

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時をかけるアメマ!寛平さんぽ⭐️ in 津山城

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 時をかけるアメマ!寛平さんぽ⭐️TOKAIケーブルネットワークのロケが、2023年6月5日10時~津山城(鶴山公園)でありました。このロケは、寛平(徳川家康)がひょんなことから江戸時代から現代にタイムスリップ⚡️そこで出会った富士彦と各地をお忍びで巡る笑いと人情の珍道中です。
 今回の撮影現場では、間寛平さんや富士彦、IMALU、作州忍者鶴山隊が出演しました。全員、笑いすぎて涙でうるうるの爆笑ロケでした。

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宮本武蔵初決闘の地と金倉の六地蔵

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 武蔵は天正12年(1584)、父・平田無仁斎(むにさい)、母・於政(おまさ)の間に生まれたが、間もなく生母と死別、無仁斎は利神(りかん)城主・別所林治(しげはる)の娘、率子(よしこ)を後妻に迎える。この義母に育てられた武蔵は、7才の時父と死別、母率子は平福に帰り田住政久(たずみまさひさ)の後妻となる。幼少の武蔵は、母恋しさのあまり、しばしば義母の居る平福を訪ねる。9才のころ正蓮庵(しょうれんあん)の僧・道林坊(どうりんぼう)にあずけられ、その訓育を受ける。道林坊の弟・長九郎(ちょうくろう)により剣を習うや、その力は著しく伸長する。武蔵13才の時、運命的な初決闘が、ここ平福の町外れ金倉橋(かなくらばし)のたもとで行われる。新当流(しんとうりゅう)の達人、有馬喜兵衛(ありまきへい)なる兵法者の、決闘を誘う挑発的な高札(こうさつ)に応じ、木刀で対峙(たいじ)するや、一刀のもとに喜兵衛を打ち倒し、いずこともなく旅立っていくこととなる。出奔(しゅっぽん)の一説には、佐用群一の古社、佐用都比賣(さよつひめ)神社に参籠、武運を祈願の後、諸国修行に旅立ったとされる。爾来(じらい)、生涯60数回に及ぶ決闘に、不敗の剣豪として名を成していくことになる。

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和泉山 金隆寺観音堂(加茂郷88ヶ所霊場第74番札所)

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和泉山金龍寺由緒(加茂町百々)
 人皇五十一代平城天皇御宇大同二年(807)丁亥ノ秋八月、大和国延鎭上人ノ開基ナリ。
此ノ山、泉涌故トテ泉山ト云フ。後、和泉山金龍寺ト云フ。
 数年ヲ経テ大寺タリシガ、七十三代堀川院御宇承應元年(1652)五月、淋雨降リ続キ山崩本堂土中二埋レ百二十余年間葏閉タル野山トナル。
 八十四代順徳院御宇宝永元年(1704)七月十八日、尊像現出シ玉ヒ再興在リテ紀洲高野山理姓院末流タリシガ、宝暦八年(1758)戌寅四月祝禍ニテ消失ス。
 明和二年(1765)酉年三月再建。再建後高野山理姓院ノ旧縁ニテ行重村真福寺末寺トナル。
昭和63年3月 百々部落 加茂町観光協会(文:現地案内板より)(2022年11月9日撮影)

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2023年4月のイナバ化粧品店内

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2023年4月7日の津山地方は雨が降っていて肌寒く感じます。
 3月にはとうとうお邪魔するのが遅れてしまい4月になりました。店内では金曜日なのですが若いお客様が大勢来られていました。先週は津山さくらまつりもあり、イナバ化粧品店でも大勢のお客様が来られ大変な賑わいだったそうです。「春になり、津山が賑わって、私もなんだか元気になった気がするわぁ~。」と言いながら、見せてくれたスマホの画面には大谷選手の写真があるではないですか、「可愛い子じゃわぁ~、マナーもいいし。」と、どうやら大谷選手のファンらしい。私もファンですよ。B'zと二刀流です。
 今日の雨でもう桜の花も散ってしまい残念なのですが、また一緒にどこかお花を観に行こうと約束をして別れました。

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