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取材記事内を検索ワード「奈義町」で検索した結果,72件の記事が見つかりました。

瀧神社(勝田郡奈義町)

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瀧神社沿革(取材2014.7.27)
一、由緒
 今から約千三百年前の白凰年間 藤原鎌足の孫 武智麿呂が中国地方平定のため御神託を受け紀州熊野権現を勧請し社殿を建てたと伝えられ 爾来北野村東西と近藤村の氏神として崇められてきた
 近世美作の国津山城の鬼門の守護神として森公の信仰厚く鳥居や石の宝殿が寄進されている
 明治の末頃までは「お瀧参り」とよばれ 作州全域から多くの参拝者があり 旧八月十五日の例祭には 日本原から続く松並木の参道は人の列でにぎわい 売店 見世物が並んだ
 大正十二年郷社の格が与えられ また三十三年毎の御開帳祭は今に伝えられている

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奈義町現代美術館

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この美術館は、通称Nagi MOCA(ナギ・モカ)と呼ばれ、わが国を代表する世界的な建築家磯崎新によって設計され、平成6年4月25日に開館しました。
 国際的に活躍されている荒川修作+マドリン・ギンズ、岡崎和郎、宮脇愛子の4人の芸術家に一般の美術館では収集不能とされる巨大作品をあらかじめ制作依 頼し、その作品、又その全体の空間を作家と建築家が話合い、美術館として建築化したもので作品を本尊にたとえれば建築家はそれに覆い屋を架けるという発想 から建てられた、いわば、作品と建物とが半永久的に一体化した、美術館です。  当美術館は、太陽、月、大地と名付けられた、外部からも明らかに認知出来るような形の3つの展示室から構成され、この土地の自然条件に基づいた固有の軸 線を持っています。「太陽」の軸は南北軸、「月」の平坦な壁は中秋の名月の午後10時の方向を指し「大地」の中心軸は、秀峰那岐山の山頂に向かっていま す。(文:奈義町現代美術館HP引用)(2014年8月26日取材)

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第33回奈義町ふるさと夏まつりがありました。2014.8.14

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2014年8月14日(木)午後4時~9時:30分(花火打上げ/21:00)第33回奈義町ふるさと夏まつりが奈義中央広場(奈義町現代美術館近く)で開催されました。奈義町は、町制施行60周年を迎えられたそうですね。

AYASA(Sword of the Far East)ロックバイオリンLIVEがとても素晴らしかったですよ。また、太鼓の演奏や、盆踊りがあったようです。そして、終わりには、約1500発の打ち上げ花火が、夜空に打ち上げられ大きな歓声があがっておりました。

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最後の菜の花祭り(奈義町)

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最後の菜の花祭り
2014年4月27日(日)10:00~15:00 中島西町有樹園地(奈義町中島西1461-2)
今まで春の菜の花、秋のそば花と花祭りを行っていました町有樹園地に、今年の夏以降メガソーラーが設置されることになりました。3.5haの丘陵地一面の菜の花畑も今年で見納めになります。菜の花フォトコンテスト、菜の花特産市、福引抽選会もあるそうです。
お問合せ先:奈義町産業振興課TEL0868-36-4114(2014年4月14日取材)

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ロウバイの花(奈義町 菩提寺)

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2014年1月5日、初詣に菩提寺に参りたい友人と一緒に行ってきました。奈義手前の入口は通行禁止になっているので、鳥取方面から上りました。途中雪で思わず引き返そうと思いましたが何とか到着。お参り後、ふと見るとロウバイの蕾が目に入り撮影。その後は雪で登っていません。もう少し解けたら行って見ます。

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藍工房さんを訪ねて(奈義町高円)

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奈義町高円にある藍工房さんを訪ねると、なんと背の高いロウバイが咲いているではありませんか。早速カメラで撮ってきました。ここのロウバイは少しお花が小さくてかわいい。冬でも咲こうとしているお花に出会ってきました。2014年1月28日撮影

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菩提寺の国指定の天然記念物 大イチョウ

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 浄土宗の開祖、法然上人が学問成就を祈願してさした杖が芽吹いたといわれる。この天を覆う銀杏の巨樹は、国定公園那岐山の古刹、菩提寺の境内で歴 史の重みをかさねながら静かに息をひそめつつ立っている。目通り周囲約12メートル、高さ約45メートル、樹齢推定900年といわれ県下一の巨木である。 昭和3年、国の天然記念物に指定され、また全国名木百選にも選ばれている。町では、イチョウを町木に指定し、その保護に力を注いでおり、町民一人ひとりの 心の中に大銀杏が息づいている。(奈義町教育委員会案内板より)2013年11月28日取材 (2012年11月にも詳しく取材しております。)

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美作国建国1300年記念「金太郎こども角力大会」

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美作国建国1300年記念「金太郎こども角力大会」2013年6月9日(日)

9:00~11:30金太郎こども角力大会の部、12:30~14:20大相撲イベントの部が勝央町植月中の角土俵でありました。主催は勝央北小学校、勝央町、植月、吉野、古吉野地区です。地域一帯で盛り上げておられました。また、ゲストに佐渡ヶ嶽部屋力士(琴欧州、琴国、琴恵光、琴欣旺)が来られていてとても楽しいイベントでした。

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梶並神社(美作市梶並)2012.10.6

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由緒沿革

 そもそも梶並の庄は、岡山県の東北端にあり、北は峯続きに鳥取県に連なり、東は英田郡大原町・西粟倉村、降って作東町に接し、西は勝田郡奈義町に続いている。作陽誌の示す所によれば「元梶並庄は一村であったが、東谷・中谷・西谷と三村に分って居り、慶長以来叉十邑に分つ」とあり。
 梶並神社の創立は何れの時であったか、その真相をつかむ事は困難であるが、「美作国神社資料」によると〝或は伝う〟として推古天皇の十五年(六一三)丁卯春二月、山川幽明の霊地として高お神(たかおかみ)を祭り、郷土の鎮護としたものとなっている。
 本社には、次の諸神が奉祀されて居る。古よりの祭神は、高お神(たかおかみ)、相殿には、経津主の命(ふつぬしのみこと)、武雷の命(たけいかづちのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと)(応神天皇)、息長足姫(をきながたらしひめのみこと)(神功皇后)、比賣大神(ひめがみ)
 次に境内社として祀られているものは
磯神社 少彦名命(祭日十月二日)
高良神社 武内宿弥(祭日十月二日)
稲荷神社 宇賀之御魂名(祭日十月二日)
 神々のうち、古より武雷命・経津主命が祭られているが、此の二神の首字をとって、神山を武経山と名づけられ、後になって武男山と改められたと伝えらている。(文:梶並神社誌より)2012年10月6日取材

岡山県重要無形民俗文化財 梶並神社「当人祭」2012

2006年の当人祭の様子

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法然上人が修行した 高貴山 菩提寺

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菩提寺略縁起
 当山は、お念仏「南無阿弥陀仏」の元祖で、浄土宗を開宗されました「圓光大師法然上人」が、初めて仏教を学ばれた聖域にして、浄土宗史蹟であります。
 その草創は、持統天皇(41代)朱鳥6年(692)役の小角神変大菩薩が名木の神山(那岐山)に霊地を求め、この地に修験道場を開き、後に天平年中、聖武天皇(45代)の勅願によって行基菩薩が自ら十一面観音像を刻んで中堂に安置し、「元明天皇(43代)の菩提寺」として再興開基し、七堂伽藍三十六僧坊を建てめぐらし、四宗兼学の学問道場として各地から学僧が蝟集し、その興隆数百年に及んだ。
 その間"法相""天台""浄土""真言"と各宗変遷をたどり多くの名僧を輩出したが、殊に法然上人(幼名勢至丸)9才(1141)から13才まで、父漆間時国公の遺言によって、母方の叔父、勧学得業上人のもとで学問を始められた史実は、勅修「法然上人行状絵図」(四十八巻伝)に伝えられる処です。
 往古の伽藍の様相を、僅かに残る中古の記録によると、'本堂九間四面""観音堂五間四面""鎮守堂四間四面""不動堂二間六面""鐘堂二間四面""通堂九間"等々記されており、広大な規模を彷佛とさせられるものがあります。
 数百年の繁栄も、この地が険要であったが為、地方豪族の拠点として菩提寺城等の城砦を築き、戦国乱世に頻りに災禍を受けてついに天文2年、尼子義久の焼打によって、悉く灰燼となって以来衰微の一途を辿り、江戸末期僅かに残る草庵も焼失し、無檀、無禄につき復興のめどなしとして、一旦は廃寺となったが、法然上人遺蹟地の故、明治十年寺名再興浄土宗復宗の官許を得て作因両州近郷近在の檀越、信徒共々信心を凝して本堂再興(明治十三年)、以来現在に及んでいる。
1、本尊:十一面観世音菩薩 座像、嵯峨大覚寺から文久元年招来。
2、阿弥陀如来:芝増上寺から蔓延元年招来
3、勢至丸像:勢至丸様(法然上人幼名)の霊像で、阿弥陀如来と共に奉納された唯御一体の圓光大師少年姿、冷泉為恭の作。
4、守護神:摩利支天王を勤請し、境内の守護神として巌上に御鎮座
5、観覚塚:勢至丸様初学の師、観覚得業上人の御墓、熊谷蓮生(直実)の建立と言われる、石塔は近年の建替え。
6、大公孫樹:勢至丸様9才入山の際携えた、いちょうの杖を「我、未来に弘めんとする法門盛んならば、必ず繁生せん」と本尊に誓って挿し木したと伝えられている。
果たして念仏の興隆と共に繁茂し、目通り13m余高さ40m余の巨樹となり、昭和3年国の天然記念物に指定された。
資料提供:高貴山 菩提寺(2012年11月14日取材)

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