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取材記事内を検索ワード「山城」で検索した結果,673件の記事が見つかりました。

津山城下町雛めぐり「ソシオ雛めぐり」

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 2024年の「津山城下町雛めぐり」の一環で中心商店街に行ってきました。
おかみさんの雛まつりの展示会場(ソシオ一番街旧カンダ)の会場では、真加部のひなまつりに飾られていたお雛さま・天神さま等が展示されていますが、シンプルで見やすい飾りつけで落ち着いて見えてよかったです。また、商店街の園児たちのひなまつりもほほえましい。2024年4月3日までです。

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津山城下町雛めぐり「城東雛めぐり」

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 2024年3月1日~4月3日まで、「津山城下町雛めぐり」が、中心商店街・城西地区・城東地区で開催されています。今回は、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている城東地区にある、城東むかし町家(旧梶村邸)、和蘭堂、うき草やさんなどを巡って来ました。和蘭堂のお雛さまはディスプレイが可愛らしく出来ていて素敵でした。また、城東むかし町家(旧梶村邸)の裏の蔵にあるギャラリーのお雛さまも風格のある伝統の土人形が素晴らしくて目を見張ります。最後に行ったうき草やでは、変り雛がいてこれも可愛らしくほほえましいお雛様でした。

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清々しい津山城(鶴山公園)で散歩

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 2024年2月17日の津山城(鶴山公園)に出かけてきました。
青空で気持ちのいい日になり、久しぶりに三の丸迄上がってきました。全国に誇れるこの史跡ですが、年配者にとっては少々悪戦苦闘する石段があります。その石段を登りきると津山市内が見渡せる絶景を望むことができます。さて、もうすぐ「2024津山さくらまつり」が始まろうとしています。今年は3月23日~4月7日となっています。このさくらまつりも地球温暖化のせいで年々早くなっています。ちなみに昨年は3月25日がオープンでした。本丸まで送迎してくれるタクシー(有料)もあるそうです。皆さん、津山のサクラを観においでくださいね。

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令和6年 作州忍者 鶴山隊総会

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 2024年(令和6年)2月22日(にんじゃの日)にちなんで毎年行っている「作州忍者 鶴山隊」の第5回総会が津山観光センター二階会議室で行われました。総会議事録に沿って、進行を中島完一議員(現・津山市議会議長)を選出し、各報告のあと新年度の事業計画が発表され、執行部原案の11項目が承認され可決されました。先ずは当面する津山さくらまつりに早速に取り組む予定でいます。

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史跡 大谷・定古墳群(真庭市)

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 2021年5月12日「第1回さららバス研修 古道をたずねる」北房方面~多和山峠~の研修に参加してきました。大谷1号墳遺物見学の様子を記しておきたいと思い組んでみました。


 真庭市上中津井の地では7世紀に入ってから、定東塚・定西塚・定北・大谷1号・定5号・定4号という6基の横穴式石室の方墳が次々と築かれました。これらを総称して大谷(おおや)・定(さだ)古墳群といいます。
 6基の各古墳はいずれも、石垣状の列石を有する段構造の方墳であることを大きな共通点としており、技術的に一連の系譜上にあることを示しています。
 出土遺物をみても、大谷1号墳の環頭大刀や定東塚古墳の全製品に代表される豪奢な副葬品などから、大谷・定古墳群の被葬者がこの地域を治めていただけの首長にとどまらない、かなり広域に影響を持つ特殊な立場の人物であったことが十分に考えられます。
 7世紀代という、この時期の古墳が特定の地域に集中し、連綿と築かれるというありかたは西日本でも大変珍しく、そのことから大谷・定古墳群は国の史跡に指定された。真庭市教育委員会(文:現地案内板より)

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2024年2月24日のイナバ化粧品店

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 連休の真ん中の2024年2月24日のイナバ化粧品店内の様子とママさんです。ここの所、津山地域の天気は曇りや小雨の日が多かったのですが、今日は青空が見えて気持ちの良い日となったので、久しぶりにママに会いに行ってきました。
 イナバ化粧品店内では、ママが元気にお仕事中でした。しばらく話をしたのち、来られていたお客さまとママさんを撮ってきました。撮られた写真の内、全身で写っている写真を見て、ママ曰く「O型が写るけん、ちょっと待って!」と撮り直し要求をするも、お店の定員さんに「ママ!それってO脚のことでしょー?!」とすかさず訂正され居合わせた皆で爆笑でした。

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三日月藩租「森長俊の人となり」

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 三日月藩祖森長俊が生まれたのは慶安二年(1649)年九月八日で、津山藩二代藩主森内記長継の第八子(五男)として、作州鶴山城中で誕生しました。


 三日月藩祖の森長俊は非常に人情に厚かった人で、外寛内勇、諸侯の中でも特にすぐれた人材でした。
 長俊は、兄の伯耆守長武によって藩主になることができたので、生涯その恩を忘れず、長俊の邸は目白にありましたが、たびたび長武の関口邸をたづね慰問しました。長武には多くの弟があったが、長武が鉄山と号して関口邸に隠居してからは、皆疎遠になりました。しかし長俊だけはそうでなかったので、長武はその心をほめ、「自分がもしもっと早くに、長俊のこの気持ちを知っていたら五万石を与えたであろうに、惜しいことである」といったといわれています。
 父の内記長継は、隠居してから後、竜口邸から芝邸に移って夫人と同居し、長継の死後、夫人は長清院と名のりました。この人は、長俊には義母にあたります。しかし夫人が長俊を愛すること実子のようで、長俊もたびたび訪れて夫人を崇敬し、夫人は珍しいよい品物があると長俊に与え、夫人に事があるときは、子は多かったが、いつも長俊を特に呼んで相談し、長俊はその芝邸で住居しました。

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2024年の日の出を小田中高台から望む

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 2024年の初日の出です。年越しの頃は雨が降っていましたが、日の出の時刻には雨も止んで無事に初日の出を拝むことが出来ました。今年は穏やかな年になることを祈っておりましたが、元旦早々に能登地震で甚大な被害が報じられ、また、2日には羽田で飛行機事故があり波乱の幕開けに言葉もありません。どうかこれ以上何もないことを祈るばかりです。

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津山商工会議所女性会秋の津山城(鶴山公園)散策

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 10月30日(月)親睦移動委員会 秋の津山城散策
 親睦委員 10 名が参加し、「津山観光ボランティアガイドの会」会長 得能良平氏の案内の元に、曇ひとつない秋晴れの津山城址を散策しました。得能氏の心のこもった熱いお話は、壮大な石垣の上にそびえ立つ津山城を想像させてくれ、改めて津山って凄い、もっと知りたいと思った一日でした。(文:津山商工会議所女性会)


「備中櫓」名前の由来
 初代藩主・森忠政は、鳥取藩主・池田備中守長幸(ながよし)に娘・於松を嫁がせました。その娘婿である長幸が津山城を訪れるのを機に建てられたのが備中櫓である。備中守から名付けられました。地名とは関係ありません。備中櫓は人物にちなんで命名された珍しい櫓なのです。発掘調査中、備中櫓の周辺で「揚羽蝶」文様の小さな瓦が出土しています。池田家と館駅のある瓦のようです。忠政は娘婿にちなんだ櫓を建てるにあたって、棟に池田家の由来の「揚羽蝶」文様の瓦を作って使用したようです。(文:現地案内より)(2023年10月30日撮影)(2012年・2017年取材)

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津山城(鶴山公園)の晩秋の紅葉

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 2023年11月30日もみじ祭りも終わり、静かな津山城(鶴山公園)の紅葉見てきました。
毎年、美しいモミジの紅葉を取材しに来ていますが、今年は少し早いモミジの紅葉と、少し遅いモミジの紅葉を取材する結果となりました。
 二の丸到着後、観光客の皆さんから、「右に行けばいいのか、左に行けばいいのか?」と問われ、左に行き、本丸に上がる途中にまだ美しいモミジがあることを伝えご一緒しました。上を見上げ燃えるようなモミジの紅葉に思わず皆で「わぁーキレイ!」と声を上げました。

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