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取材記事内を検索ワード「石碑」で検索した結果,162件の記事が見つかりました。

大峰山大権現(新野山形・杉宮)

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 大峰山大権現の石碑はよく光明真言百萬遍の石碑とともに建てられているものが多い。仏教上の権威を表す梵字が上に刻まれている。
 限りない仏の功徳を現わす「種子」はすべての功徳の生まれることを、草木の種子にたとえて刻まれるもので念仏供養塔などには阿弥陀の種子が多くみられる。
 大峰山大権現は奈良県にある大峰山に登り霊場に参拝するもので、山上ヶ岳から大日岳を主脈とした地域は古くから山岳信仰の地として知られている。
 4月から10月にかけて修験者の修行が行われており、それにちなんだ行事として地方でも「庚申侍」をする講が開かれるなどの大峰山信仰による延命招福を願う人達が村の辻や人目につきやすい路傍に石碑を建て村人の連携を深めていた。

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山の神(原)

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 「春に山より下りてきて田の神になる山の神は五穀豊穣をもたらす農耕の神であり秋終りにはまた山に帰って山の神となる。」とも言われ山村に住む人たちの信仰する山の神の呼び名があり、ダンナサマ・ジュウニサマ・サガミサマ・ノタガミなどとも呼ばれている。
 石造としては祠の物が多くあるが、自然石に「山神」「大山祗命」などと彫ったものが各地にもある。

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天狗供養塔(西上)

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 西上の山形仙のふもとに天狗供養塔の石碑がある。この天狗供養塔は昔鞍馬山に住んでいた天狗(修験者)が、この西上の地に舞い降り無病息災を祈願し暮らしていた。
 時が過ぎて天狗の話も薄らいでいたが、ある時土地の住民が家を建てて暮らしていると、主人が病にかかり祈祷師に拝んでもらうと「この家の下に鞍馬から来た天狗が居り、自然石で供養塔を立てなさい」とのお告げがあったと言われさっそく供養塔を建てると主人も良くなった。 
 天狗の命日には(旧暦一月十八日)主人が拝んでいたそうだ。また、供養塔の下には般若心経の一字一石の文字を書いた石を埋めてあるとも言われている。

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金毘羅大権現(原)

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 金毘羅宮は香川県多度津郡琴平町に鎮座し、祭神は大物主神で、この神社は明治7年に現在の金毘羅宮となるまでは象頭山金毘羅大権現と称していた。一般庶民の信仰も深くほとんど全国的で、特に船に乗る人はこの神を厚く信仰している。
 原の岩逧の金毘羅さまの石碑は二百余年前の作で、その盤座のもとに石工伊八の銘が彫り込まれている。松尾伊八は泉州の名工で多くの石碑を遺している。
 金毘羅とは、梵語でクンピーラといって昔のインドの国で鰐を神格化した仏法の守護神として祀られ、江戸時代に入り航海の安全や猟師の祈願として信仰され、更に 水の神・農の神として広く信仰されるようになった。

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石敢當(西中・原)

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 沖縄や南西諸島及び九州南部で道路の突き当りや、門・橋などに「石敢當」の三文字を刻んで建ててある石碑で、中国伝来の民俗で悪魔除けの一種である。
「敢當」とは向かうところ敵が無いの意で、災いを除くために橋・門または路上などに石敢當の三文字を刻んで建てた石碑。
 中国伝来の民俗で悪魔除けの一種で、我が国に伝わり、九州地方ではよく見ることができ勝北中学校とに新野小学校にあり、災い除けの意で建てたものであろう。

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馬頭観音(杉の宮・上村)

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 馬頭観音は大日様を本願とする馬の供養塔として建てられたものである。村にある2基の馬頭観音はどちらも建立年代が遅く、牛の守り神である大日様の石碑よりも数も少ない。
 この地方の農村はやはり牛が中心であって、近世になってから耕馬の導入が多くなり、そのため建立の時期とも符合するように思われる。
 馬車などの運搬手段による馬の利用が多くなり、一部の農家にとっては大きな収入源でもあった。牛の供養と同じように、死んだ馬の供養とともに無病息災を願い、大日如来の「種子」が石碑に刻まれている。

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西陵団地(小田中)

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 昭和54年(1979)5月1日に津山市小田中笠松地内に誕生しました。そして昭和59年(1984)1月に町内会として独立しました。
「企業は人なり、額に汗して社会に奉仕する人々のより幸せを求めて、この西陵の地に新しいまちづくりが完成いたしました。」西陵花壇の三本のくすのきの下に、この言葉が刻まれた石碑があります。
 昭和48年春、岡山県立津山商業高等学校OB中心の、津山市内企業26社で協同組合西陵団地設立、組合企業従業員の持ち家制度として83区画の建設事業が始まりました。

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千場三郎左衛門の霊鬼

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 土居家四代七郎右衛門の頃に次々と不思議なことが起こった。人々は、これは千場三郎左衛門の祟りであろうと恐れおののいた。
 その一つとして村内にある家に13歳になる子供が長い間「おこり」を病んで寝ていた。
 ある日、子供が突然床の上に正座して「村の長(土居七郎右衛門※1)に言いたいことがある。急いで呼べ。」村の長が来ると「われは、千場三郎左衛門の霊魂だ。」と立派な武士の様子で語り始めた。
「かつて、神楽尾城に居った時、汝の祖土居四郎次郎とは刎頸(ふんけい※2)の交わりを結んでいた。

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若宮様・勝南霊場第16番弘法大師(黒坂)

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黒坂の遊屋八幡神社の道を挟んだところに祠が見えた。何だろうと細い道を上がると小さな祠と鳥居がある。見ると若宮様と勝南霊場第16番弘法大師(黒坂)だった。由緒も解らないが丁寧にお祀りされているので撮影し掲載することにしました。
 ※若宮大神 全国的に若宮という神社が多くあります。この神社の由来は、非業の死を遂げた者がたたるのを恐れて、巫女や神職の勧めで神として祀った場合が多いといわれています。
若宮様・勝南霊場第16番弘法大師(黒坂)(2017年8月20日撮影)

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田中角栄書 義民堀内君顕彰碑(下高倉西)

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義人堀内氏 頌歌

一、むかし元禄11年 城下にせまる数千人 半切すがたなわの帯 堀内三郎工先頭に

二、村の苦しみ身に背おい 兼田河原に花と散る 義人の心とこしえに 天にもひびけ仰ぎみよ

三、ああ三百年星うつる 芳烈かおる顕彰碑 わが里人に語りつぐ 正義の誇り心意気

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