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取材記事内を検索ワード「社」で検索した結果,1117件の記事が見つかりました。

若宮神社と別所城(上高倉字城山)

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 西谷上集落の北端の林の中に若宮神社が祀られている。
 御神体は木像の女神で文武両道の成就は勿論、農工商業の繁盛にも霊験あらたかな神様として崇められ、氏子は西谷上組合を中心に西谷下・深山の一部である。
 江戸時代には現位置東の田の中(字石田)にあった社を別所城跡地(字城山)に移して社屋・籠殿を完備し、大祭には多くの参拝者を集めていたと伝えられているが、明治40年代に村内の神社を高倉神社に合祀した際、若宮神社も高倉神社の境内に遷座し高倉神社の一社として祀られた。

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上高倉神社跡と荒神様(上高倉字美土路)

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 西谷集落入口十字路の西の山際に上高倉神社の跡地がある。
 「村社 上高倉神社遺跡」と記された碑が建っていて、碑の裏面には「嘉祥二年仁明天皇之御宇に素盞鳴命をこの地に祀り奉る 尓来連綿一千有余年におよぶ 明治四十五年五月下高倉にある杉森下高倉神社に合祀 而して後高倉神社と改称」と刻まれている。

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月読神社(上高倉字石本上)

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 深山の集落中央の西の崖下に月読神社と月読神社遺跡碑ある。
 月読神社は月読命・月夜見命・月弓命を祀る。創立の年代は定かでないが、火災に焼失し、後花園天皇の長禄3年(1459)9月に再建され、安政7年(1860)に御神体を新建立した記録がある。
 古くは貴船神社、江戸後期は木船神社と呼ばれていたが、明治15年に月読神社と改めた。川向こうの字名は「貴船前」である。

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川崎八幡宮

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本神社は元弘元年(1331)3月、筑前糟屋郡の宗瀰神社の御分霊を加茂川の西岸に祀ったのが創りである。 貞享2年(1685)津山城主森長継が人家を現在の山麓に移住させた時、現社地に遷し、鶴山城東方の守護神、林田郷の二宮として尊崇した。もと、子安八 幡・弓矢八幡宮と称した。明治4年八幡神社と改称し、同6年村社に列した。明治42年7月、金田神社を合祀した。昭和12年1月神饌幣帛料供進神社に指定 せられた。御祭神:息長帶比賣命2013.1.3)(文:岡山県神社庁より)

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津山洋学資料館前庭の洋学者のブロンズ像

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津山洋学資料館は平成22年3月に新館がオープンし、その前庭に宇田川玄随・宇田川玄真宇田川 榕菴・箕作阮甫・箕作秋平・津田真道の5人の胸像が置かれています。いつも拝見するのですが、はて?この方たちの年代と何時、何処で、何をしたかがごちゃまぜとなってしまっているので、各人のプレートから少しまとめてみました。


津山洋学資料館(つやまようがくしりょうかん)は、岡山県津山市の城東町並み保存地区にある博物館です。建物は「津山洋学五峰(宇田川玄真・箕作阮甫・津田真道・宇田川玄随・宇田川榕菴)」をモチーフに五角形を基本として設計されたとされています。

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上山神社(美作市上山)

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御祭神(大足比古大神、大足比女大神、譽田別大神、伊邪那美大神、菅原大神)
由緒
本社は美作国古社百十二社の其一にして天平年間以前の勧請なり、當神祭神 大足之神は民福を計りて此地に池を築かしめ給ひしに依りその御功績を永遠に伝えんがため御名大足を池名とし本社に勧請せしものなり 故に中古迄は社名を、大足宮と申し戦国時代に至り諸国の神社兵火に懼るに依り其災を免れんとして武人の尊崇せし所の八幡宮と改稱し、明治二年現社名に改む 往古より社領二反六畝五歩を有せしが慶長十三年浮田中納言のため没収せられる。

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2013年 英田上山神社の夏祭り

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美作市にある上山神社で2013年8月11日(日)午後6時より、上山集楽の復活第2回目の夏祭りがありました。今年の夏祭りは、福島からサマースクールで来ていたの子ども達19名と親御さん22名を招待した夏祭りになりました。最後は参加者全員で願い事とともにスカイランタンを上げました。炎天下の中準備をすすめて来られたみなさまご苦労様でした。2012年の様子

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津山城模擬天守閣がもうすぐ完成です。

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展示期間:2013年8月2日(金)~8月18日(日)、場所:津山城(鶴山公園)、開催時間:午前8時40分~午後7時まで、入園料:16歳未満無料、16歳以上300円。(天候などによりスケジュールや内容が変更になる場合もあります。)


 津山城の本当の姿を知っていますか?津山城は廃城令により天守・櫓などの建物が廃棄され鶴山公園として今の姿になりました。もし、保存されていたら。街の風景はどうかわったでしょうか?美作国建国1300年記念事業として、期間限定で復元されることになりました。地域のたからである「津山城」を復元する夢を皆様と一緒に思い描き、誇りと愛着といった郷土の和を広げましょう。

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▲復元プロジェクトについて

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▲7月時点の進捗状況

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