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瀧尾山 西法寺

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瀧尾山 西法寺(2011.7.10取材)
 この寺は天台宗(伝教大師・最澄)瀧尾山西法寺といい、天台宗総本山比叡山延暦寺の末寺です。昔は妙原の大谷山にありましたが、山津波にあって寺が壊れたため、寛文11年(1671年)に堀坂へ移したもので、ご本尊は不動明王です。
 お不動さんは右手に剣を左手に綱を持ち、左目を閉じ口を斜めに噛みしめ、しかめた顔をして体の色は青黒く、火炎を背中に負って険しい岩場に立っています。
 大日如来の命令を受けて、人の心に住む悪魔を退治するといわれています。恐ろしい姿でですが、本当は心のさしい仏様で、心がよくない方向に向かっていると正しい方向へ戻してくださるといわれています。
 この本堂は文政8年(1825年)に建てられたもので、本堂が無事に完成することを願って参道口に六体地蔵が寄付建立されました。また平成14年4月に内仏殿と庫裏を改築し内仏殿には阿弥陀如来を中心に、伝教大師最澄、檀信徒のご先祖を祀っています。
 この寺は、加茂郷88ヶ所霊場第54番札所です。(津山市堀坂町内会発行:わがまちの史跡より)

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 新野小学校(旧勝北町新野)堀坂支校跡
 西法寺の庭に「新野小学校堀坂支校跡」の石碑が、二宮尊徳像と並んで建てられています。明治5年(1872年)9月、日本の近代教育として、全ての国民が教育を受ける制度に伴い、明治9年10月に新野小学校が設立され、明治12年5月新野小学校の支校(分校)として、西法寺の庫裏を借用して設置した記憶が残っています。明治14年~15年支校から独立校として、精業小学校を設立し、明治16年8月西法寺の西側に校舎として、たて7間よこ3間(14m×6m)を新築しました。明治18年に、精業小学校で綾部地区の生徒と合同授業をはじめました。
 明治20年に尋常精業小学校と改称しましたが、明治21年1月20日に校舎を消失したため、加茂橋西詰めの民家へ移転し授業を再開しました。その後尋常神庭小学校と統合して、清泉尋常小学校と改称し、明治42年5月現在の綾部に清泉尋常高等小学校の校舎を移転したものです。
 支校当時の学令人口は、79名で男子25名・女子20名の45名が就学していたといわれています。

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 ▲本堂

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 ▲庫裏                            ▲鐘楼

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 ▲観音様