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清原さん宅の2010年イルミネーション

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▲清原武則さん宅(津山市大吉10-5)の2010年イルミネーションは超豪華版です。マスメディアにも度々登場!最初は子どもさんの為に離れを建てたのを機にイルミネーションを飾ったそうです。子どもさんの受験などでお休みしていたそうですが、2年ぶりに復活されたそうです。今年は音楽付でわくわくしてきて楽しいですよ。

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山本さん宅の2010年イルミネーション

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子どもの誕生予定日がクリスマスだったので、お祝いに張り切って飾られたそうですが、産まれたのは26日だったそうです。いまだにご主人がお片付けまでなさるそうで「飾るときは楽しいのですが、片付けと成るとおっくうです。」と語ってくださったやさしいお父さんです。 ※昨年の様子はこちらからご覧ください
必ず守って頂きたいこと。大勢の方に見て楽しんで頂くのは嬉しいことなんですが、大きな声で騒がしくされますと、小さなお子さんが寝ておられますので気をつけてあげてくださいね。(ルールを守って観覧ください。)

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阿波八幡神社

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花祭りの起源と阿波八幡神社(2010.11.3)
阿波八幡神社は、JR因美線美作河井駅より北へ約4キロメートル、旧阿波村(現津山市阿波)字位登山(大ヶ山の東麓の端)鎮座する。主神は誉田別命(15代応神天皇)で、足仲彦命(14代仲哀天皇)・息長足媛命(神功皇后)を配祀した神社である。
口碑によると、慶雲2年(705)、現在の地より少し南に鴨神社が創祀されたと伝えられており、平城天皇の大同元年(806)8月15日筑紫の国(大分県)の宇佐八幡宮の分霊を勧請し、合祀して八幡宮と称し現在の地位登山に移遷したものである。(先年、阿波村文化財保護委員が宇佐八幡宮に行って分霊勧請の記録を確認している)
八幡宮は武神としてのソ崇敬も顕著になり、尼子晴久の中国経略に際しここ美作にも侵入し、さらに播磨の国に出兵する際戦捷を祈願して阿波八幡宮の社殿を焼き払い、その後、戦捷奉實のための家臣村上左京進時泰に命じて社殿を再建した。
弘治4年(1558)年6月のことである。(社蔵の棟礼による)
当時の社殿は、宮4間4面、高さ3間1尺5寸(神主兵部より森美作守への上申書による)とあり、結構壮大な社殿であった。
現在の社殿は寛延2年(1749)村内氏子中により再建されたものである。
高山城(矢筈山)主 草苅景継は良(鬼門)の鎮護として崇敬し社領を寄進し、津山城主森忠政も城の民の鎮護として崇敬したという記録も伝えられている。(2010年 阿波神社の花祭りの様子
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