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2020 摩尼山 高福寺のアジサイの花

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 2020年8月1日津山市阿波にある摩尼山 高福寺のアジサイの花を撮りました。
遅かった梅雨明があり厳しい暑さが戻ってきたのですが、阿波では時折涼しい風が吹いていて皆さん畑や田圃の畔草刈りに汗を流していらっしゃいました。そんな景色を見ながらふと高福寺のアジサイの花がまだ残っているのか行ってみようと思いやって来ました。着いてみるとアジサイの花はまだ健在で美しい鮮やかな青や白、緑と色とりどりの花を咲かせていました。また、ダリア等の花が美しく咲いていました。 
 本源寺開山天倫玄節大禅師をこの地に勧請し、元和四年(1618)に摩尼山高福寺創建されました。高福寺は創建開山禅師の因縁により、津山城主森家の鶴丸を寺の紋として使用することがゆるされている禅宗寺院です。(2009年の取材

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城西公園(小田中)

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 2020年3月20日の城西公園です。ここはすぐそばを藺田川が流れていて、土手沿いには桜の木が植えられています。毎年、桜の花が咲くころにはとても美しい所です。また、すぐ近くには本源寺や宗永寺があり、西小学校にも近いところにある公園です。遊具も揃っているので幼児から小中学生まで幅広く来られているようです。

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恵日山 興隆寺(鏡野町)

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 当山は養老三年(719)の開基、本尊の大日如来像は行基菩薩の作と伝えられます。眉間の白毫より恵日の光明が虚空に遍く満ちゆくのを見て、恵日山と号します。
 天文二十二年(1553)十月二十六日、飛び火の災により消失。永禄二年(1559)三月二十一日、中興光阿上人により再建されました。
 また慶長九年(1604)美作国主・森忠政公より、松平公、明治に至るまでの間、毎年寺領二十石を賜る祈願所でもありました。
 現在も毎月二十八日をご縁日として、息災延命と福寿無量をご祈願致しております。
 また子安大師の由緒ある尊像を安置し、子育ての祈願所としても親しまれております。
(文:『高野山真言宗美作八十八ヶ所霊場』より)(2020年6月7日撮影)

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大ヶ山(阿波西谷)

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 2020年6月21日阿波方面にきたので、ついでに大ヶ山(だいがせん)頂上の標高989.8m(ちなみに那岐山は1,255m)の展望台まで来てみました。車で頂上まで来れるのでいいですね。展望台から雄大な景色を眺めていると、昭和の時代にスキーを楽しみに来たことなどを思い出しました。また、山に詳しくないので調べてみると、天狗寺山、烏山、桜尾山、袴ヶ仙、後山等の山々が見えるそうです。

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東宮殿下御成婚記念橋(西寺町)

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 泰安寺(西寺町)前に架かる東宮殿下御成婚 記念橋を撮影してきました。吉井川支流の「藺田川」(小田中~南新座)に架かる歩行者専用橋です。
 この橋は、大正13年(1924年)に皇太子(昭和天皇)の御成婚を祝して、当時の南新座青年団が発起人となり、近隣の方々の寄附によって造られたそうです。側には東宮殿下御成婚 記念橋」という記念の石碑があり、橋の竣工のために、寄附した方々や世話人の名前が刻んでありました。その世話人の中に、夏木マリさんの、父方の曽祖父中島啓次郎さんの名前があります。(写真:2017年2月4日撮影)

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押渕神社(押渕)

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 押渕神社は、津山市押渕164にある神社です。吉井川に沿って県道26号線沿いの旧道の西側の田んぼに押渕公会堂の案内があり、それを目指していくと駐車場に着きます。(境内には押渕公会堂もあります。)また、社務所内には、綺麗な色の保存状態の良い絵馬が飾ってあります。今回、案内くださったのは神社総代でもいらっしゃる日下英彦さんです。
『岡山県神社誌』によれば旧村社で拝殿と本殿があり、創建年月・由緒等不詳。明治十年三月十三日字寺床より遷座。主祭神は大国主大神、摂末社は日吉神社とありますが、拝殿は見当たりませんでした。(2020年6月24日・29日撮影)

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天王寺公園(東一宮)

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 2020年3月25日の晴れた日、東一宮にある天王寺公園まで行ってきました。
天王寺公園は一宮公民館の隣にあります。3月のまだ肌寒い日でしたが、広いグラウンドではグランドゴルフを楽しむお元気な年配者の方々がいらっしゃいました。グラウンドの周りに配置された遊具の中で木で作られた少し変わった滑り台が印象的な公園でした。

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2020長法寺のアジサイの花(井口)

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 2020年6月17日の津山市井口にある長法寺のアジサイの花です。
今年のアジサイのイベントは新型コロナウイルスの影響で中止になりましたが、それでも続々とお客様がアジサイの花を見学に来られていました。まだこれから次々と咲き誇ると思いますので是非どうぞ。
あじさい祭【長法寺】2010年6月19日のイベントの様子)

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左:出雲、右:京大阪道。坪井町東角に道しるべ

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 現在、津山郷土博物館の前に、「左・出雲」、「右・京大阪、左・一ノ宮」、右・出雲」、「明治16年8月建之、坪井町」と刻まれたあ石碑が建てられている。この石碑の文字はもう少し続くが、埋められているためこれ以上判読することはできない。この道しるべについて、今井三郎さん(故人)は『津山坪井町の歩み』の中で次のように取り上げている。
「坪井町一番地の東南の角、道路に沿って大きな津山石製の道標があった。いまは撤去され、津山郷土博物館に保管してある。高さ五尺(約1.5㍍)、幅九寸(約27㌢)の四角柱形の立派なもの。文字は赤松寸雲先生。時代のずれと舗装道路改修で廃棄された。文字は"右・京大阪、左・一ノ宮""右・出雲街道""明治16年8月建之、坪井町、志茂意平、田口半治郎、片桐秀吉"とある」

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キリシタン灯篭

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 ヨーロッパにつたえられた津山
 17世紀のはじめ、美作にも、青い目の宣教師が、いくたびかおとずれ、キリスト教を布教しています。そのころの津山の様子が、宣教師によって、次のようにヨーロッパに伝えられています。
「森忠政は、領内にキリシタンはいないと幕府に報告して、キリスト教を黙認している。城下町の近くには、美しい墓地があって、キリシタンは、そこに行って、祈りをささげている。墓地の中央には、高さが3メートルをこえる、すばらしい十字架ががある・・・。」(『日本キリシタン宗門史』より)

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