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取材記事内を検索ワード「津山市」で検索した結果,1598件の記事が見つかりました。

真経に住んだ津山藩主の一族(鏡野町)

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 真経部落の北端、山を背にして南西に開けた小高い丘に「屋敷の段」という地名がある。その昔、慶長八年(1603)美作の領主となった森忠政公の第二子重政君が若き生涯を終えた屋敷跡である。
 その南方約二百米ほどの所に「春谷口」という地名がある。この東の山腹三十米ほど上がった地点に御墓所(町指定史跡昭和五十四年四月一日付)があり、御墓畝と呼ばれている。重政君を火葬に付した場所であるともいわれる。
 森家先代実録によると、
「重政君御名大膳亮(だいぜんのすけ)、文禄ニ癸巳年四月二十三日濃州金山に生まれ給う。元和四戌午年六月五日作州苫南郡真経村にて御年二十六歳にして卒し給う。同所槇尾畝に葬る。墓印に柊の木一株あり。その後久米郡南里方村栃社山誕生寺に改装す。-瑞応院殿光禄桂林俊芳大禅定門

 重政君の御母堂は山内源左衛門の養女にて香々美という。川中島より引越し作州かが美の溝尾に居住す。故に皆人呼んで香々美という家女なり。万治三庚子年五月二十五日作州にて死す。八十九歳。同所法源山宗永寺に葬す。―清泰院栄厳寿永大姉
 清泰山栄厳寺にも位牌があり。清泰山松寿院に墓碑あり。分骨して寺内に納む。
 重政君御子御女子一人あり。御名於捨。慶長十六辛亥年苫南郡真経村にて生まれ給う。妙願寺二代目浄公室にならせられる。延宝二甲寅年十月一日卒。御年六十四歳。津山神王山渓花院に葬す。
―清光院殿慈沢性潤大師 影像を妙願寺後堂に安置す。」という。

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津山市の昭和初期の風景と在りし日の津山城

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 上記の写真は、田中義男さんのアルバムから抜き出したものです。当時の田町付近でしょうか?
義男さんの写真のコメントには当時の様子がこまめに書いてありました。また、お兄さんの田中孝夫さんの遺品の中にも興味深い写真があり、遺族の承諾を得て紹介してみます。

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昭和初期の神傳流の記録写真と背景

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約100年前の古き良き時代(大正元年~昭和9年頃)の神傳流の記録写真
 田中義男さんの遺品の中にあった、昭和の初期から10年間ほどの神傳流の記録写真がありましたので一部をご紹介してみます。(神傳流とは、日本泳法の一流派。加藤清正の臣、貴田孫兵衛統治を流祖とし、伊予国(愛媛県)大洲藩士加藤主馬光尚に伝えられ、美作国(岡山県)津山藩士植原六郎左衛門正方が広めた。あおり足を基本とし、真・行・草の三体の泳法があり、遠泳に適する。皇朝神征水軍練法ともいう。)コトバンクによる。
 田中義男さんは子供のころから熱心に神傳流を続けていて指導者の資格も取得し、大学が休みになると帰ってきては子ども達を指導をされていました。
 アルバムを拝見しながら背景に写っている風景からして、茅町や安岡町あたりでしょうか?いずれにしても昭和初期はこんな風景だったのだと。

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保田扶佐子美術館「第12回 常設展」

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 40年にわたりスペイン・バルセロナと津山市を行き来しながら制作してきた保田扶佐子さんの抽象画の常設展です。今回は令和3年7月岡山髙島屋での保田扶佐子絵画展に出品した作品に旧作の小品を加えて展示しています。ガラスケースの上と中には、"UTA"とダリの"ヴィーナス"を展示しています。"UTA"は、作者の一人Josep Mestres Quadreny(ジュゼプ・マリア・メストレス・クアドレニ)が2021年1月に亡くなったこともあり、彼の偉業を偲ぶレクイエムです。
2021年8月7日~土曜日、日曜日会館 ※ご来館の際には事前にお電話にてお問合せ下さいますよう、宜しくお願いいたします。開館時間10:00~5:00、津山市押入97-11 TEL.0868-26-5711

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【津山人】大空を飛んだ田中次郎(海軍中佐)

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 田中次郎 明治39年10月23日東京芝区生れ、昭和60年8月1日没(左の写真は兄田中孝夫と)
 大正2年(次郎が8歳の時)父田中治平が亡くなり、2年後家族は津山に帰って来た。
津山中学校4年終了後、父治平の跡を継ぎ江田島にある海軍兵学校に入り大正15年卒業、海軍航空隊に入り、父と同様に中佐となりましたが、外地で終戦になり2年後に帰還。(奥さんと子供三人は、戦争中は加茂町に疎開していた)その後、奥さんの実家の逗子に移った。


 息子さんの石城さんの著書の中に、ご両親と自分との関りなどで興味のあるところがありましたのでお送りします。
 次郎氏は「男は負け戦のことなぞ、他人に語るものではない。」という態度の方でした。例えば、奥様が夫の自殺を心配された時に「そんなことするものか、我々が日本を再興するのだ。」と。また、娘さんの千里さんには「収容所に居る時、米軍を通して天皇陛下より、負けたからと自殺しないように、必ず日本に帰ってくるようにとのお言葉があった。と父から聞いている。」
 また、本当は飛行機を製作することの方に夢があった息子の石城さんが、防衛大を止めて三菱重工業に就職するつもりでいた時「飛行機に乗れない奴が飛行機など造れるわけがない。」と次郎に言われ、それなら飛行機に乗ろうじゃないかとなって今の道に進むようになったとのこと。
 寡黙な人が本当に言うべき時に言う言葉は万金の重みがある。これが、大正、昭和の親父の姿だったと、懐かしく思いました。
 私のように百姓生れの女性には、もののふ、軍人には縁がなく育ってきましたが、いざというときに、自分の思いでなくて大義のために行動する男の心情のようなものに久しぶりに触れたように思いました。
 結局、田中次郎家では、海軍軍人になるため兵学校に入学した次郎氏が、その当時の日本の戦況の状況で一番必要な飛行機の操縦士となり、その息子も戦後の日本空軍に入り次郎氏の後を継ぎました。また、石城さんの姉千里さんは、内田耕太郎氏(防衛大学校卒・海上自衛隊幹部)と結婚、治平の敬愛する上官東郷元帥ゆかりの海上自衛隊舞鶴地方総監を歴任。治平と同じ海軍の道を全うされたと聞いています。(原田兼子さん談)

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2021白加美神社の夏祭り

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 2021年7月17日の土曜日、津山市小田中にある白加美神社で夏祭りがありました。
町内会の氏子の皆さんが久しぶりに集まり話をしたり、子どもたちの笑顔もみえ、楽しい雰囲気でした。コロナ禍の中、座るのも家族単位です。町内会でも滅多に会うこともなくなっている昨今ですが、みんなと話が出来る事っていいなぁ~とつくづく思いました。早く新型コロナウイルス感染が終息することを祈って。

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7月のイナバ化粧品店

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 2021年7月15日、梅雨が明けているのに連日にわか雨と雷の日が続いています。
今日も雲行きは危うい。岡山県の緊急事態宣言は令和3年6月1日~6月20日で、今は津山市内の各施設も再開されていますが、東京などの状況を考えると遠くへ出かけるのは遠慮してしまいます。少しでも早く新型コロナウイルスの感染拡大が終息しますように!また、皆さんとお会い出来ますように!と祈りながら。

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世界最美の蝶と神秘の宝石昆虫標本展

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 この度、ポートアート&デザイン津山では、津山市在住の小枝正和氏が収集した蝶や昆虫の標本展を開催いたします。青く輝く「モルフォ蝶」や宝石のように光る「プラチナコガネ」など世界の珍しい希少な昆虫標本が一堂に会します。
 小枝氏は2017年、交通事故により生死の境をさまよい、瀕死の重傷を負いながらも緊急手術で一命を取り留められました。絶望を味わう痛みと不安に襲われる、3ヶ月もの苦しい入院生活の中、偶然見つけた「モルフォ蝶」の美しさに心奪われます。
 その後、標本集めに没頭し、厳しい自然界を必死で生きる昆虫たちの力強い生命力や前向きに生きる姿に勇気をもらったといいます。
 本展では、小枝氏が集めた世界でも貴重な標本の数々を展示いたします。
蝶や昆虫が好きな方々はもちろん、今まさに不安や苦しみの中にいて、生きづらさやつらい思いを抱えながら生きている方々にも、蝶の生命力や昆虫の躍動感、前を向いて生きるたくましさを感じていただければ幸いです。                       ポート アート&デザイン津山

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作州忍者鶴山隊 令和3年度総会がありました。

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 作州忍者鶴山隊員ご支援くださっている皆様
 作州忍者鶴山隊令和3年度総会を(創設3年目)中央公民館(大谷)にて6月30日隊員37名とオブザーバー、来賓、マスコミ担当者等42有余名の出席を得て開催させて頂きました。
(現在登録隊員100名余りです。年/隊費納入者のみのカウントです。)
 開会は小西隊員の司会で始まり、来賓あいさつとして津山市観光協会 松岡裕司会長から励のお言葉を頂き、その後、議事に移り畑議長選出し各部門(会計報告・予算・事業報告と計画規約改正)と順調に審議可決され新たな役員体制が発表されました。そして、本年度の事業計画実現の隊員の皆さんには今迄以上のご協力ご尽力を賜りますことをお願いしました。
 ※今期の最重要計画は忍者のふるさと甲賀を訪問し我が町、我が城を築いてくれた甲賀忍者伴一族のルーツを辿るため甲賀研修が最も重要な計画です。
 セレモニーとして総会では本日3名の新入隊員には入隊証が手渡しされ、最後に、藤木副長からの九字護身法は起立し力の込めた誓いが唱えられました。
 そして、当日のお祝い印の「紅白饅頭」が記念品としてお渡しされ総会終了とさせて頂きました。 感謝                 令和3年7月吉日 作州忍者鶴山隊 隊長 克丸

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