取材記事内検索

取材記事内を検索ワード「秋」で検索した結果,494件の記事が見つかりました。

2023年「津山まつり(高野神社)」

2023-10-22takano1.jpg

 2023年10月22日秋晴れの空の下、津山まつり高野神社の大祭)」 が盛大に執り行われました。
今年は本殿には参拝出来なかったのですが、ウエストランドと
宇那提森の神事場の様子をカメラに収めてきました。宇那提森の神事場では浦安の舞・獅子舞などが奉納されました。
 また、それより前の10時には8臺のだんじりがウエストランドに勢ぞろい、太鼓演奏のイベント後、宇那提森神事場の周辺に移動しました。神事終了後、威勢の良い掛け声とともに、だんじりは神社を出発し統一巡行が再開されました。

2023年「津山まつり(高野神社)」の続きを読む

イナママは獅子に邪気を食べてもらいました。

2023-10inaba15.jpg

 津山まつりの先頭をきった大隅神社の秋祭りが2023年10月15日に執り行われました。その際のイナバ化粧品店に立ち寄った獅子舞やだんじりの写真を送っていただきました。獅子舞には「人の頭を噛むことで、その人についた邪気を食べる」という言い伝えがありますので、イナママはもう敵なしで健やかです。10月19日に立ち寄ったらイナママはお出かけでした。

イナママは獅子に邪気を食べてもらいました。の続きを読む

2023 秋の「甲本バラ園」

2023-10-17koumoto16.jpg

2023年10月17日 秋の「甲本バラ園」
 甲本さんから「そろそろ秋に咲くバラの花が見ごろ」とのご連絡を受けて、早速行ってまいりました。着くとすぐ先客がおられ、楽しそうにバラの話をしながら巡っておられました。
 行き届いたお手入れに敬服しながら、いつ観ても美しいバラの花に癒されます。
※バラ(薔薇)は一季咲きは、「オールドローズ」と呼ばれています。四季咲きのバラは、春・夏・秋と楽しむことができる種類です。

2023 秋の「甲本バラ園」の続きを読む

2023 津山まつり『大隅神社まつり』開催

2023-10-15osumi34.jpg

 津山まつりの先頭をきった大隅神社の秋祭りが、2023年10月15日行われました。途中雲行きが怪しかったのですが、時折小雨が降ったくらいで何とか持ち直し、無事に終わることが出来ました。
 城東まちなみ保存地区を中心とした旧出雲街道を9臺のだんじりが練り歩き、催し会場のイーストランドに集合しました。その後、大神輿が催し物会場に到着し、太田町内会による傘踊りやキッズダンスが披露され会場は大いに盛り上がりました。会場での一連の行事が終わった後、再びお神輿が出発し、続けてだんじりが巡行路を練り歩きました。

2023 津山まつり『大隅神社まつり』開催の続きを読む

白加美神社の秋祭り2023

odanaka2023.jpg

 2023年10月15日、小田中にある白加美神社で秋の大祭がありました。ここ数年はコロナ禍でもあり、お神輿はトラックの荷台に乗ってのご巡行でしたが、今年は以前に戻って人が担ぐというので奥田中を追っかけてみました。久しぶりに奥田中のわき道を歩いてみると、昔と変わらぬ人々と再会で楽しくおしゃべりも出来、懐かしい田舎の景色も残っていて幸せな気分で巡行を拝見してきました。また、少数精鋭の担ぎ手で交代もできず長い道のりを担がれてご苦労様でした。

白加美神社の秋祭り2023の続きを読む

2023 横野滝(二の滝)

2023yokono18.jpg

 友人が来たので、津山市横野にある横野二の滝までドライブに行ってきました。残念ながら、そうめん流しはお休みで食べれなかったのですが、緑に囲まれた横野滝はシンとしていて厳かでした。
 ここは津山市の北、市街地から約20分(16km)の、横野川の上流に一の滝二の滝三の滝があり、三の滝の上流には、四の滝があるそうです。また、夏には二の滝にある「紅葉亭」のそうめん流しは有名です。秋の紅葉もまた素敵な所です。(2023年6月15日撮影)

2023 横野滝(二の滝)の続きを読む

沼の弥生住居跡群周辺に咲くつつじ・さつきの花

numa2023tsutsuji25.jpg

 2023年4月4日・22日の沼の住居跡群周辺のつつじとさつきが美しく咲いていました。
今年はすぐ下の道路が工事中なので、木が伐採されて見渡しが良くなっておりました。この沼の弥生住居跡群の周辺では春になるとつつじやさつきが美しく咲き秋には見事な紅葉を見ることができます。また、住居址のすぐ傍にある「弥生の里文化財センター」では、沼遺跡の発掘調査によって出土した遺物をはじめとする弥生時代の生活を考えることのできる展示がされています。

沼の弥生住居跡群周辺に咲くつつじ・さつきの花の続きを読む

和泉山 金隆寺観音堂(加茂郷88ヶ所霊場第74番札所)

74ban10.jpg

和泉山金龍寺由緒(加茂町百々)
 人皇五十一代平城天皇御宇大同二年(807)丁亥ノ秋八月、大和国延鎭上人ノ開基ナリ。
此ノ山、泉涌故トテ泉山ト云フ。後、和泉山金龍寺ト云フ。
 数年ヲ経テ大寺タリシガ、七十三代堀川院御宇承應元年(1652)五月、淋雨降リ続キ山崩本堂土中二埋レ百二十余年間葏閉タル野山トナル。
 八十四代順徳院御宇宝永元年(1704)七月十八日、尊像現出シ玉ヒ再興在リテ紀洲高野山理姓院末流タリシガ、宝暦八年(1758)戌寅四月祝禍ニテ消失ス。
 明和二年(1765)酉年三月再建。再建後高野山理姓院ノ旧縁ニテ行重村真福寺末寺トナル。
昭和63年3月 百々部落 加茂町観光協会(文:現地案内板より)(2022年11月9日撮影)

和泉山 金隆寺観音堂(加茂郷88ヶ所霊場第74番札所)の続きを読む

田中山 大福寺(加茂郷88ヵ所霊場16番札所)

16ban18.jpg

 当寺は阿波村字大福寺1064番地の円山台地にあり、開基の年代は不詳である。「タタラ」製鉄には、砂鉄の採集、木炭の製造、残砂の整地、製品の運搬などに多くの人力が必要である。
 往時の製鉄関連地名が残っている現在の中土居地区の堤・杣の谷・天王・樋の下・福籠・中山・鉄穴内一帯を中心に「タタラ」職人が集まって大きな集落が形成された。この集落に後年いつのころかに中土居円山台地の上に仏教寺田中山大福寺が建立され、本尊に大日如来が安置されたのである。
 阿波村には、古くは寛延・安永ごろからの念仏供養巡拝碑が多く建立されている。光明真言霊場巡拝による弘法大師信仰は加茂谷にはかなり古い時代から信仰されていたようである。明治時代に入ってから一般に広く信仰されるようになり、特に加茂・阿波の仏教寺院と各地区にある地区堂を中心にして全加茂谷八十八ヵ所霊場、又阿波だけの八十八ヵ所巡拝霊場が設けられてからは特に村内広く民衆のなかに普及信仰されたようである。霊場巡り信仰が盛んになって、大福寺が加茂・阿波八十八ヵ所霊場の一環の中に組み入れられてから、大福寺に弘法大師の石像が本尊大日如来と並んで安置された、
 大正から昭和にかけて巡拝最盛期には、数十人の一行が列をなして霊場を巡拝し、地区の堂・札所では、御詠歌を唱え、般若心経を読んで巡った。日が暮れるとそれぞれ数人ずつに分散し接待の家に宿泊して、加茂と阿波のとの札所を数日かけて巡拝した。特に春秋の彼岸には盛大であった。大福寺に籠り殿が増築されてからは、加茂阿波霊場の中でも重要拠点であった。次第に阿波円山大師堂と呼ばれるようになり、お籠りの信者も多くなり、時には数日、一ヵ月も長くお籠りを続ける信者もあったようで随分賑わったものである。(文:『阿波村誌』より転載)(2022年10月4日取材)

田中山 大福寺(加茂郷88ヵ所霊場16番札所)の続きを読む

志呂神社(建部町下神目)

shiro_jinzya17.jpg

志呂神社(しろじんじゃ)は、美作国が備前国から分国した和銅6年(713)に弓削庄27ヵ村(現在の建部町、久米南町)の総氏神として祭られたと伝えられています。古くは神主他20名余りが奉仕し、社領70石を有していました。又、神宮寺(じんぐうじ)もあったと伝えられます。本殿は中山造より発展した3間4面(実尺は4間×4間)の総欅造の出向拝を備えた入母屋造妻入です。また、旧県社で祭神に事代主命(ことしろぬしのみこと)を祭っており、各所に彫物を配した近世末期(嘉永元年1848再建)の優れた神社建築です。環境省・岡山県(文:現地案内より)(2023年2月8日撮影)

志呂神社(建部町下神目)の続きを読む