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取材記事内を検索ワード「出雲街道」で検索した結果,183件の記事が見つかりました。

出雲街道を歩こう会「坪井宿」

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 2020年11月8日特別企画(第2弾)「出雲街道(Ⅱ)を歩こう会(第6区)」に参加してきました。久米ふれあい学習館をバスで出発、岩屋城麓に着き簡単な説明を受け徒歩出発しました。約4時間ほどかけて無事久米ふれあい学習館に戻ってきました。
 出雲街道とは、播磨の国 姫路を発し、出雲の国 松江に至る約215kmの古道を言う。また、終点は松江を過ぎ、出雲大社とも言われている。
 今回は「つながる出雲街道(東部Ⅱ)」を歩こう会より、特別企画 第2弾として、大井西の会の応援を得て、共催で開催されました。津山市・中北上~同・宮尾間7.8km(実質9.0km)

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高室山浄光院 愛染寺で33年ぶりの御開帳がありました。

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 2020年10月11日、津山市西寺町にある、高野山真言宗 高室山浄光院愛染寺に於いて、33年ぶりの御開帳が行われました。ご本尊は、千手千眼観世音菩薩(木造で高さ約1m)江戸初期の制作だそうです。本堂では厳かに大法要が行われました。
 千手千眼観世音菩薩の御手より五色の紐が境内の大塔婆に導かれるとのことで参列させていただき、五色の紐を通じてお祈りさせていただきました。
 今年は新型コロナウイルス感染症拡大防止が叫ばれている中なので、三密を避けながら静かに行われました。(写真の一部は、井上さんと中山さんにご提供いただきました。)

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人々の心に火を灯す「つやま町燈路」大成功!

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 2020年10月17日(土)の夜(大隅神社宵祭りの夜)に城東地区の旧出雲街道を交差する小路や上之町の通りに手作り燈籠を並べ町に明かりを灯すイベント「つやま町燈路」~コロナに負けない町・城東!~が開催されました。
 開催の趣旨は、冬の新型コロナウイルス第2波到来に向けて、城東地区連合町内会が一体となって実施。コロナで暗かった2020年前半を払拭し、気分を明るくすると共に、来るべき冬のコロナとの新たな戦いに備えて英気を養う目的で開催されました。美しい白壁が燈籠とよくマッチして素敵でした。

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出雲街道、勝間田宿「下山家古文書展」

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 令和2年10月27日(火)~11月8日(日)まで、勝央美術文学館町民ギャラリー1で「出雲街道勝間田宿 下山家古文書展」が開催されています。

はじめに
 出雲街道は、古代には畿内と出雲を結ぶ道として発展し、人々や文物が行きかう交通の要路でした。江戸時代になると参勤交代のため街道が整備され、休憩や宿泊の拠点として整備されていきました。
 勝間田は参勤交代の宿場町として整備され、美作七宿のひとつとして栄えていました。宿場内には、諸藩の参勤交代にあたって、大名や供の者が泊まった旅舎が二つあり、おもに津山藩主などが宿泊した下山本陣と、松江・勝山藩主などが宿泊した木村本陣がありました。今回の展示では、下山本陣と本陣を営んでいた下山家に焦点を当て、関連の古文書を展示いたします。

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出雲街道を歩こう会「勝間田宿」

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2020年9月27日「出雲街道を歩こう会」に参加してきました。
 出雲街道とは、播磨の国 姫路を発し、出雲の国 松江に至る約215kmの古道を言う。また、終点は松江を過ぎ、出雲大社とも言われている。
 大和朝廷が、武力で全国平定をしたのに対し、出雲は神話に登場するが如く、平和狸に国譲りが行われ、朝廷より優遇されて、鉄の産出も始まり、街道は繁栄してきました。街道は人、物、文化を運ぶ役を果たし、その重要性は五街道(東海、中仙、甲州、日光、奥州)に匹敵し、同等の街道として発展しました。その後の街道も時代と共に、道筋は変遷、消失を繰り返していますが、現存し得いる道で合理性が高く、最も古い道を採用しています。今回は「出雲街道(東部Ⅱ)」よりの特別企画第一弾として、勝間田宿の会の主催で、3区を歩こう会を開催いたします。(文:案内資料より)

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妙見宮道(宮部下)

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 久米町を走る出雲街道には西の端に追分の道しるべと、東の端には中須賀の石燈籠がある。此の出雲街道は、今の久米町の幹線道路とも言うべき道路であるが、此の道路から分れて、宮部川に沿う道を遡って見ることとする。
 大字中北下を過ぎ、宮部下地内に入ると、中正小学校のすぐ下流、「青木橋」のたもとに「妙見宮道」という道しるべがある。
 妙見宮というのは標高560mの桧ヶ仙の頂上に祀られている北辰妙見宮のことで、桧ヶ仙は、人が宮部の谷を遡る時、右側に見える山並のうち、一番高くよく目につく山で、此の山が久米町の北限かとも思われるけれども、此の山は實は苫田郡鏡野町の地内にある山であり、お宮なのである。

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中須賀の石燈籠三基は常夜燈

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 久米町を走る出雲街道の東の端は、大字宮尾、字中須賀で、ここに三基の石燈籠がある。昭和44年、此の三基を一括にして久米町指定として保護されている。此の中須賀の地は、宮尾・領家・久米川南・中北下と西に続く穀倉築をひかえ、高瀬舟の舟着き場として、明治になっても茶屋があり、飲食店もあって、にぎわったところである。石燈籠は三基とも常夜燈で、昭和10年代まで中須賀の人は順番で此の石燈籠に点燈してきたもので、道しるべとは多少意味がちがうにしても、吉井川を登り降りする高瀬舟の目じるしとなっただろうことはまちがいあるまい。

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柳遊園地(南方中)

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 2020年4月11日に久米南方中にある柳遊園地を訪ねてきました。出雲街道でもある国道181号線沿いにあります。
 ここの遊園地は、すぐ横を国道が走っているので国道に面した方は高いフェンスに囲まれているので、よく通る道なのに公園だとは気づきませんでした。そして、グラウンドが広い公園です。

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追分の道しるべ

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 久米町をほゞ東西に走る出雲街道の西の端、大字坪井上の追分(正確には真庭郡落合町の地内である=今は真庭市)に大きな六角柱の道しるべがある。昭和47年6月16日、落合町の指定になって保護されている。今では土に埋もってわからないが、礎石もあるそうである。
 此の道しるべをたてることを主唱し、骨を折った人達は、全員とまではゆかない迄も、殆ど大部分の人がその姓名からして久米町の人達であると言ってもよいのではあるまいか。
 六角柱の各面に目標の神様と、その神様までの里程が刻まれていることは図の通りである。文久三(1863)年の建立である。(文:『久米町誌下巻』より抜粋)(2019年6月29日撮影)

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