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森家ゆかりの乃井野陣屋藩主庭園と列租神社

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 列租(れっそ)神社の左奥に見える立石群は庭園跡で、乃井野陣屋のもとと考えられ、江戸時代の絵図に、この場所が「ツキ山(築山)」と記されているのが庭園に相当するようです。
 庭園の中心には、高さ3mと1.3mの立石(守護石)を据え、枯滝に見立て、周りに築山と配石を据える「築山式枯山水庭園」で、武家好みの庭園と言えます。その様式から作庭年代は森家が陣屋を構えて間もない18世紀前期と考えられます。
 もとは書院に面する庭園であったと思われ、歴代藩主や賓客が眺めたことでしょう。
 列租(れっそ)神社は森家の租、美濃国金山城主森可成(よしなり)、津山藩租森忠政(ただまさ)、三日月藩租森長俊(ながとし)の三霊を祀る神社で、江戸時代は武蔵国目黒行人坂(現・東京都目黒区)にあった三日月藩邸に祀られていました。明治維新後、明治3年に当地に社殿創立、明治14年には拝殿、幣殿などの建物が建設されました。
 地元ではこの社を列租さんと呼び、旧藩士で結成された祖霊社保存会では4月9日を祭日として祭られています。(分:現地案内板より転載)(2023年5月18日・20日)

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宮本武蔵初決闘の地と金倉の六地蔵

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 武蔵は天正12年(1584)、父・平田無仁斎(むにさい)、母・於政(おまさ)の間に生まれたが、間もなく生母と死別、無仁斎は利神(りかん)城主・別所林治(しげはる)の娘、率子(よしこ)を後妻に迎える。この義母に育てられた武蔵は、7才の時父と死別、母率子は平福に帰り田住政久(たずみまさひさ)の後妻となる。幼少の武蔵は、母恋しさのあまり、しばしば義母の居る平福を訪ねる。9才のころ正蓮庵(しょうれんあん)の僧・道林坊(どうりんぼう)にあずけられ、その訓育を受ける。道林坊の弟・長九郎(ちょうくろう)により剣を習うや、その力は著しく伸長する。武蔵13才の時、運命的な初決闘が、ここ平福の町外れ金倉橋(かなくらばし)のたもとで行われる。新当流(しんとうりゅう)の達人、有馬喜兵衛(ありまきへい)なる兵法者の、決闘を誘う挑発的な高札(こうさつ)に応じ、木刀で対峙(たいじ)するや、一刀のもとに喜兵衛を打ち倒し、いずこともなく旅立っていくこととなる。出奔(しゅっぽん)の一説には、佐用群一の古社、佐用都比賣(さよつひめ)神社に参籠、武運を祈願の後、諸国修行に旅立ったとされる。爾来(じらい)、生涯60数回に及ぶ決闘に、不敗の剣豪として名を成していくことになる。

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杉坂峠関所跡(佐用町)

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佐用町指定文化財 杉坂峠関所跡、種別:史跡、指定年月日:昭和58年5月20日、所有者:佐用町
 大宝令によって整備された美作道は、山陽道の太市から美作国府に向かって西北に伸び、杉坂峠を越えて美作に入った。
 播備作の広大な地域を制した赤松一統の中で、赤松則村が元弘3年(1333)に関を設けたところである。
 慶長年間に万能峠が開通したので、杉坂峠の通行人は少なくなったが、判明している郡内唯一の関所跡である。(文:現地看板より)(2022年1月12日撮影)
(つながる「出雲街道(Ⅱ)」を歩こう会 万能乢コース)

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佐用町 南光ひまわり祭り

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 2019年7月13日~28日から始まる南光ひまわり祭りより一足先に、佐用町にある南光ひまわり祭り会場まで行って参りました。とても勢いの良いひまわりでした。
 ひまわり祭り会場の南光スポーツ公園「和歌あゆランド」周辺のひまわりは約36万本植えてあるそうです。みんな太陽にむけて一斉に可愛い顔を見せてくれました。また、期間中はいろいろなイベントが催される様です。会場も1~5地区あって見ごたえあります。但し、入園料(200円)と駐車料(500円)が各地区ごとに必要となります。(撮影:2019年7月7日)

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四国八十八ケ所霊場巡拝<第74番~第68番>

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 2019年3月30日・31日 今回は第61番 香園寺~第79番 天皇寺までの19ヶ寺を(一泊二日)で巡ってきました。清龍寺6:00出発して四国八十八ケ所霊場巡拝。
順路は、第64番 前神寺 ⇒ 第63番 吉祥寺 ⇒ 第62番宝寿寺 ⇒ 第61番 香園寺 ⇒ 小松(昼) ⇒ 第65番 三角寺 ⇒ 第66番 雲辺寺 ⇒ 第67番 大興寺 ⇒ 第70番 本山寺 ⇒ 第75番 善通寺(泊)宿坊 ⇒ 第74番 甲山寺 ⇒ 第73番 出釈迦寺 ⇒ 第72番 曼陀羅寺 ⇒ 第71番 弥谷寺 ⇒ 観音寺(昼) ⇒ 第68番 神恵院 ⇒ 第69番 観音寺 ⇒ 第76番 金倉寺 ⇒ 第77番 道隆寺 ⇒ 第78番 郷照寺 ⇒ 第79番 天皇寺 坂出北IC ⇒児島IC ⇒ 高梁SA ⇒ 津山でした。

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四国八十八ケ所霊場巡拝<第69番~第79番>

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 2019年3月30日・31日 今回は第61番 香園寺~第79番 天皇寺までの19ヶ寺を(一泊二日)で巡ってきました。清龍寺6:00出発して四国八十八ケ所霊場巡拝。
順路は、第64番 前神寺 ⇒ 第63番 吉祥寺 ⇒ 第62番宝寿寺 ⇒ 第61番 香園寺 ⇒ 小松(昼) ⇒ 第65番 三角寺 ⇒ 第66番 雲辺寺 ⇒ 第67番 大興寺 ⇒ 第70番 本山寺 ⇒ 第75番 善通寺(泊)宿坊 ⇒ 第74番 甲山寺 ⇒ 第73番 出釈迦寺 ⇒ 第72番 曼陀羅寺 ⇒ 第71番 弥谷寺 ⇒ 観音寺(昼) ⇒ 第68番 神恵院 ⇒ 第69番 観音寺 ⇒ 第76番 金倉寺 ⇒ 第77番 道隆寺 ⇒ 第78番 郷照寺 ⇒ 第79番 天皇寺 坂出北IC ⇒児島IC ⇒ 高梁SA ⇒ 津山でした。

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四国八十八ケ所霊場巡拝<第64番~第61番>

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 2019年3月30日・31日 今回は第61番 香園寺~第79番 天皇寺までの19ヶ寺を(一泊二日)で巡ってきました。清龍寺6:00出発して四国八十八ケ所霊場巡拝。
順路は、第64番 前神寺 ⇒ 第63番 吉祥寺 ⇒ 第62番宝寿寺 ⇒ 第61番 香園寺 ⇒ 小松(昼) ⇒ 第65番 三角寺 ⇒ 第66番 雲辺寺 ⇒ 第67番 大興寺 ⇒ 第70番 本山寺 ⇒ 第75番 善通寺(泊)宿坊 ⇒ 第74番 甲山寺 ⇒ 第73番 出釈迦寺 ⇒ 第72番 曼陀羅寺 ⇒ 第71番 弥谷寺 ⇒ 観音寺(昼) ⇒ 第68番 神恵院 ⇒ 第69番 観音寺 ⇒ 第76番 金倉寺 ⇒ 第77番 道隆寺 ⇒ 第78番 郷照寺 ⇒ 第79番 天皇寺 坂出北IC ⇒児島IC ⇒ 高梁SA ⇒ 津山でした。

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四国八十八ケ所霊場巡拝<第65番~第75番>

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四国八十八ケ所霊場巡拝<第65番~第75番>
 2019年3月30日・31日 今回は第61番 香園寺~第79番 天皇寺までの19ヶ寺を(一泊二日)で巡ってきました。清龍寺6:00出発して四国八十八ケ所霊場巡拝。
順路は、第64番 前神寺 ⇒ 第63番 吉祥寺 ⇒ 第62番宝寿寺 ⇒ 第61番 香園寺 ⇒ 小松(昼) ⇒ 第65番 三角寺 ⇒ 第66番 雲辺寺 ⇒ 第67番 大興寺 ⇒ 第70番 本山寺 ⇒ 第75番 善通寺(泊)宿坊 ⇒ 第74番 甲山寺 ⇒ 第73番 出釈迦寺 ⇒ 第72番 曼陀羅寺 ⇒ 第71番 弥谷寺 ⇒ 観音寺(昼) ⇒ 第68番 神恵院 ⇒ 第69番 観音寺 ⇒ 第76番 金倉寺 ⇒ 第77番 道隆寺 ⇒ 第78番 郷照寺 ⇒ 第79番 天皇寺 坂出北IC ⇒児島IC ⇒ 高梁SA ⇒ 津山でした。

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津山藩江戸藩邸

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津山藩江戸藩邸
 江戸時代の大名は、参勤交代の制度によって、江戸と領国の二重生活を送ることになっていました。そのため、大名は江戸に屋敷を拝領し、多数の藩士が単身赴任の苦しさと、大消費都市江戸の享楽の同居する生活をしていました。
 津山松平藩は、美作国十万石を拝領して間もない元禄十一年(1698)九月、江戸の大火で藩邸を焼失してしまい、その代わりとして江戸城鍛冶橋門の内側に七千坪の敷地と金一万両を与えられ、以後ここを上屋敷として使用しました。この鍛冶橋藩邸は後に敷地が加えられ、最終的には一万二千坪ほどになっています。
 江戸の津山藩邸は鍛冶橋藩邸だけではなく、浜町の中屋敷、高田・深川の下屋敷などがあり、それぞれかなりの敷地を有していました。

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四国八十八ケ所霊場巡拝<第55番~第59番>

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 2018年3月26日(月)清龍寺6:00出発して四国八十八ケ所霊場巡拝に出かけてきました。
今回は第46番浄瑠璃寺~第60番横峰寺までの15ヶ寺と香積寺を(一泊二日)で巡ってきました。
順路は、第60番 横峰寺 ⇒ 小松(昼) ⇒ 香積寺 ⇒ 第46番 浄瑠璃寺 ⇒ 第47番 八坂寺 ⇒ 第48番 西林寺 ⇒ 第49番 浄土寺 ⇒道後温泉(泊) ⇒ 第50番 繁多寺 ⇒ 第51番 石手寺 ⇒ 第52番 太山寺 ⇒ 第53番 円明寺 ⇒ 第54番 延命寺 ⇒ 今治(昼) ⇒ 第55番 南光坊 ⇒ 第56番 泰山寺 ⇒ 第57番 栄福寺 ⇒ 第58番 仙遊寺 ⇒ 第59番 国分寺 ⇒ 今治湯ノ浦IC ⇒ 豊浜SA ⇒ 児島IC ⇒ 高梁SA ⇒ 津山でした。

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