日岡八幡神社(三日月)

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日岡八幡神社略記
 日岡八幡神社は平安時代後冷泉天皇の夭喜元年(1053年)山城国石清水八幡宮の別宮として祭られた。当時は末社も多く社人77人、神馬数十頭を抱える大社で宮の東に馬場もあり神殿四町八反を有し供物を栽培した。祭礼は毎年陰暦8月15日に挙行され数十人の神官が袖を連らね数十ヶ村の氏子が参集する中を神事祭礼が進められまた重陽角力があり盛大をきわめたといわれている。
 安土桃山時代豊臣秀吉荘園制度を廃し郷村制を布すや社田を召し上げ氏子も八ヶ村とすべてが縮小された。江戸時代寛永元年(1624年)開墾山焼きの火が延焼し本殿その他古文書にいたるまで全焼した。当時の神主船曳光高は乃井野大庄屋井上十郎兵衛とはかり村々の庄屋氏子とともに再建に努力し明暦2年(1656年)焼失御32年にして本殿を造築8月15日遷宮した。これが現在の神殿である。元禄10年(1697年)森対馬守長俊津山から乃井野に移封されるやわけても当社を信仰し拝殿、石の鳥居、神門、その他多くのものを寄進し修復にも力をそそいだ。明治7年(1874年)郷社となり昭和15年(1940年)県社にされたが終戦後は社格廃止となり現在に至る。

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 日岡八幡神社のすぐ近くの「味わいの里三日月」に隣接する約40aの休耕田では、春から初夏にかけて色とりどりのルピナス12,000本が咲き乱れます。5月中旬にはルピナス祭りが開催されます。

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 鳥居をくぐり石段の左の社殿が高良神社で式内宿弥を祀る。神門は髄神門ともいわれ左右に大きな随身がありいずれも正徳3年(1713年)森長俊の建立による。正面には日岡八幡宮の金文字額が掲げられた拝殿があり拝殿の奥に幣殿神殿がある。神殿には三神があり中央に応神天皇、右に仲哀天皇、左に神功皇后の彩色されたご神体を祀る。神殿の右に神庫あり神輿が治められており幣殿の右が神供所でへ幣串の準備をする。正面左側に社務所があり昭和4年(1929年)の新築になる。境内は3845坪。氏子は約550戸。祭日は10月15日。古式により渡御式を行い14日に御旅所に駐輦15日遷幸になり屋台が出て町を練り境内でも奉納行事が盛大に行われる。(2023年5月18日取材)(文:日岡八幡神社由緒より転載)

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拝殿                      本殿

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力石                      由緒

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社務所                     髄神門

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味わいの里三日月とルピナス

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丁度ルピナス祭りが開催されていました。