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大石神社 宝物殿・別館(赤穂)

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義士宝物殿の由来
 この建物は、大正の初め湊川神社の宝物館として建設されたもので、かつては国宝の法華経奥書を始め、大楠公由縁りの宝物が展観され、昭和二十年の神戸大空襲に遭っても唯一つ戦災を免れた、由緒深い建物である。
面積は約九十平方米、桧材木造千鳥破風屋根入母屋造りの唐破風車寄平屋建てで、屋根瓦は菊水の紋そのままに再現され、内部には大石家に相伝する討入関係遺物を始め、義士由縁りの宝物が展示してある。
先に神門がうつされ、其後またこの建物が移築され、楠公さと大石さんの二大忠臣義士を結ぶ絆は、いよいよ強いものがある。(文:案内板より)

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2026 衆楽園のさくら咲く

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 2026年3月29日の津山地方は曇り空でしたが、そろそろ衆楽園のさくらも満開だろうと思いお散歩がてら寄ってみることにしました。青空でないのが残念!写真もどんよりしています。
 衆楽園は、江戸時代初期に津山藩主・森家によって築造された回遊式の庭園です。平成14年に国の名勝に指定されており、大名庭園としての国の指定は、岡山市の後楽園に次いで岡山県下で2例目です。いつ来ても一周すると気持ちがなごむ庭園です。

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2026年 白加美神社で初詣

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2026年元旦、木造随身像のお顔がユニークで、とても親しみがもて、しばらく眺めてしまいました。

白加美神社縁起(約1220年前)
人皇第44代元正天皇(奈良時代)の御宇当国戸川の宿の北に現在地美しい五色の虹が輝き渡った。苫田縣主通憲が驚いて里人にその所を掘らしたところ数尺も掘らないうちに神代の霊物と思われる、とても美しい璽(たま)が出た。その時忽然としてひとりの老翁が現われ告げるには我はこの月輪田原に居る神である。
  この所に降居して久しいが、国人はまだこの地が霊地であること知らない汝を見るに心浄く性直で民を撫し敬神の念篤く「我は汝の誠心に感じ入っている。汝はこの神璽を奉崇しひもろぎを営んで天照大神より?がや草葺不合尊に至る五神を奉祭すれば陰陽五行和合し国土平安し国人安穏なるべし」そして忽ちその姿は見えなくなった。通憲はそのお告げを畏みそして急いでこの由を朝廷に奏上した。朝廷ではこのことを議しこれは国中に無双の霊地であろう、速に神の教に任にひもろぎを造営し、神璽を奉祭せよとの勅命が下った。時に養老4年であり養老7年3月19日に正遷宮が行われ朝廷から30町歩を神田として賜つた尓来朝廷尊崇し往時は当国戸川宿で毎月6度の市あり国人此地に会集し戝産を交易し当日集市の人は悉く当社に詣で戝貨土毛を奉じ福を祈り禍をはらった。
  その後森候入封の時社領は召し上げられ慶長19年忠政候が280石の社領を寄進、寛永12年長継候から20石、元禄9年長成候から20石を寄進せられた。森家廃絶後は社領を召し上げられたが松平家では封内八社として年々寄付米を奉納され明治に及んだ。
現在社殿は弘化年間の建造である。
現社殿は総欅造り神明造り(伊勢皇宮同型造り) 平成11年3月(文:案内より)

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プレミアムインバウンドツアーで津山を体験!

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2025年10月24日(金)~10月26日(日)に、台湾、ポーランド、アメリカ、オランダ、ドイツ、スペインなどの13名が津山のサムライ文化や伝統的文化を堪能できるプレミアムなツアーに参加。
 津山の「ハレ(非日常) とケ (日常)」をテーマとしたリアルでオーセンティックな体験をこの日限りで開催。初代美作国津山藩主・津山城主「森忠政公」の菩提寺「本源寺」にて東洋文化研究者「アレックス・カー」氏によるサムライ文化講話と森家当主との対談、津山まつり徳守大祭でのだんじり曳き体験、祭り前日の宵まつり体験、日本舞踊家「白鳥佑佳」氏の日本舞踊、本源寺でいただく精進料理、津山市の日本酒造見学を贅沢に詰め込んだ津山市ならではの内容となりました。(写真・文:公益社団法人 津山市観光協会提供)

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摩尼山 高福寺(加茂郷88ヶ所霊場第26番札所)

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 摩尼山 高福寺(加茂郷88ヶ所霊場第26番札所)は、阿波村竹之下地内にある、臨済宗のお寺で本堂は木造瓦葺きです。本尊は大日如来来です。(2009年6月21日撮影)

 摩尼山高福寺は、初代津山城主忠政が、美作186,500石の領主として、慶長八年(1603)に入封し、慶長9年(1604)に、津山神戸にあった安国寺を津山小田中の地に移して、名称を本源寺に改め、天倫玄節大禅師を開山として森家の菩提寺と定めた。  その後、本源寺開山天倫玄節大禅師をこの地に勧請し、元和四年(1618)に摩尼山高福寺創建された。高福寺は創建開山禅師の因縁により、津山城主森家の鶴丸を寺の紋として使用することがゆるされている禅宗寺院である。

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2025 前期企画展「生誕200年 箕作秋坪と久原洪哉」

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令和7年度前期企画展「生誕200年 箕作秋坪 と 久原洪哉」が、2025年3月8日(土) 〜 2025年9月21日(日)、津山洋学資料館企画展示室にて開催されています。そこで、津山が誇るスーパーエリートのお二人はどんな人物かをじっくり見て参りましたのでご紹介してみます。
(全文:津山洋学資料館展示パネルより転載)(2025年6月6日撮影)


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津山郷土博物館で「スライスされた隕石展示」を初めてみました。

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 2025年8月6日、津山郷土博物館1階で隕石の展示がありました。(展示は8月11日まで)
隕石は塊だと思っていたのですが、スライスされた隕石は、何かキラキラ模様?氷の結晶?はたまたガラスの結晶?の様な模様で驚きました。宇宙からこんなものが飛んでくるとは。皆さんも本物ぜひ見てみてください。隕石のスライスなんて初めて見ました。
 また、この日は、体験学習で岐阜県可児市の子どもたちがバスで来られていて賑やかでした。(旧兼山町と岡山県津山市は、平成7年10月から、共に「森家」により開かれ興された城下町という歴史的きずなから友好都市として交流を始めました。)


隕石展示 ムオニオナルスタ隕石のスライス標本です。
 1906年にフィンランドで発見され、 その後、断続的に大きな塊が発見されました。 ムオニオナルスタには 「スティショバイト」 と呼ばれる高圧変成鉱物が含まれています。 このスティショバイトは強い衝突の際に生成される特殊な物質で、 ムオニオナルスタは小惑星同士の強い衝突によって形成されたと考えられています。
 2010年の鉛同位体年代測定による分析では、数億年前に衝突があったのではないかという推察がなされています。(2025年8月6日撮影)(文:展示パネルより転載)

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森家と三日月藩(佐用町)

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 森家はもともと清和天皇からの流れを汲む氏族といわれ、相模国森郷を領したのち森氏を名乗ったと伝えられています。森家が歴史上に現れるようになるのは16世紀、森可成のころからで、可成はのちに織田信長に仕え美濃国金山を領することになります。
 また森家は著名な人物も多く輩出しており、この中でも先の森可成のほか森長可や森長定(蘭丸)などは特に有名な歴史上の人物としてよく知られています。
 三日月藩森家にはこのような氏族の後裔(こうえい)として森忠政が開いた津山藩森家(現岡山県津山市)を本家とし、その分流として成立します。慶安二(1649)年、後の三日月藩租である森長俊は二代津山藩主森長継の子として生まれ、延宝四(1676)年には藩主森長武に領内の一万五千石を分け与えられ津山新田藩を開きます。
 しかし元禄十(1697)年、本家である津山藩森家が改易となったときに森長俊は播磨三日月の地に移され、ここに三日月藩が始まることになります。
 三日月藩の領地は現在の三日月町、佐用町、上月町、南光町、新宮町、山崎町の一部にまたがり、佐用群内では四十の村、新宮では七の村、穴粟郡では十八の村の計六十五村を数え、石高は津山の頃と同じ一万五千石でした。
 後の三代俊春、四代俊韶のころには、今の岡山県と兵庫県内に四万石ちかくを預かり五万四千四百三十石を有したこともあったようです。
 さて、この長俊の後三日月藩の藩主は二代長記、三代俊春、四代俊韶、五代快温、六代長義、七代長篤、八代長国、九代俊滋と続くことになります。
 藩主の説話もいくつか残っており、初代長俊は長身で鼻筋が高く眼光の鋭い人であったといわれ、いまでも菩提寺(ぼだいじ)である高蔵寺(こうぞうじ)にはその面影を伝える木造が残されています。二代長記は氏神の日岡八幡宮(ひおかはちまんぐう)、菩提寺の高蔵寺の増築を行っています。三代俊春は学問を好み、四代俊韶も能書であったと伝えられ、また五代の快温も学問を好み私金でを投じて藩校廣業館(こうぎょうかん)を設立し、学問・武芸に力を入れたとされます。
 この後三日月藩は九代の俊滋のときには明治維新(めいじいしん)を迎え、さらに明治四年の廃藩置県(はいはんちけん)で藩知事(はんちじ)を免ぜられたことをもって三日月藩九代174年の治世は終わりを告げることとなりました。(文:兵庫県佐用郡三日月町発行『森家一万五千石の陣屋 三日月藩乃井野陣屋跡』より転載)(撮影2023年5月18日・20日)(佐用町許可済み)

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2025 長継山 千年寺のさくら満開の頃

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 2025年4月9日の長継山千年寺は、長継が自身の生前墓(寿塔=逆修塔)を建立した寺です。 今は、桜の木が大きく育って、とても綺麗に整備されています。(2014年4月6日の取材

 現存するものは境内地と風致林、それから長継公五輪墓(津山市の文化財)を中心に石柵、石窓和尚・関森和尚の碑、仏殿(本堂)・寿光堂の礎石、中の段は鐘楼、井戸、禁葷酒の石柱、山門の礎石、刹竿の双柱の1本、三 箇所の石段、千年寺への道しるべ石柱2本、下に井戸1箇所と南側の山即ち玉几岡に生き仏(開山鐡堂和尚)の墓があります。
(庫裡を取壊した後、大東亜戦中に疎開して来ておられ、昭和50年千年寺徒弟となった梅本南山翁が昭和61年まで居住)

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作州忍者「鶴丸隊」令和7年度総会

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 令和7年(2025)2月22日10時~11時津山東公民館会議室に於いて「作州忍者鶴山隊総会」が執り行われました。結成6周年を向かえ名実ともに活動が拡大されてきています。
 「新入隊の方をお迎えしての総会は、令和7年度の活動方針も承認され、また、更に地域の観光振興の一助になれるように、心一つに致しました。今年度も引き続き、ご支援をいただきますよう、よろしくお願い致します。国際忍者学会津山開催、隊員222名を目指して、忍々‼️

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