真言宗 極楽山 安養寺(津山市上田邑)
作陽誌には、 「當寺清泰院は、上田邑の長継山千年寺の艮に在り、江戸時代の住職快長は、岩竇の中に聖牌を視つけました。牌面には、文治三年(1187)七月七日の文字が刻まれていました。
昔、赤松入道世貞は、兵を神楽尾城に據りました。山名時氏を撃ち抜き、安養寺で武運の祈祷と亡者の菩提を弔いました。
作陽誌には、 「當寺清泰院は、上田邑の長継山千年寺の艮に在り、江戸時代の住職快長は、岩竇の中に聖牌を視つけました。牌面には、文治三年(1187)七月七日の文字が刻まれていました。
昔、赤松入道世貞は、兵を神楽尾城に據りました。山名時氏を撃ち抜き、安養寺で武運の祈祷と亡者の菩提を弔いました。
国指定重要文化財・国登録名勝(石谷氏庭園)近代和風建築の集大成石谷家住宅
江戸時代、参勤交代の宿場町であった智頭宿。因幡街道に面する石谷家住宅は敷地面積3000坪、部屋数40余りによって構成されています。
見上げれば巨木の梁組み、大黒柱の輝き。近世から近代への建築技術の推移を示す歴史的建造物群です。大規模な近大和風建築物として高く評価され、現在は一般公開されています。蔵を利用した美術品や工芸品の特別展などが開催され、四季折々の風情をお楽しみいただけます。 (取材協力:石谷家住宅)2013年11月16日
2013年11月30日(土)~2014年3月16日(日)【9時から17時(入館は16時30分)】
場 所:津山洋学資料館 ※問い合わせ:0868-23-3324(津山洋学資料館)
和算と言えば難解だと思われがちですが、それを昔の人はスイスイ難問を解いていたのですから偉いですよね。今よりはるか昔に杭などの測量器具で精密な計算ができた和算ってすごいですよね。測量器具の本物をこの機会に是非ご覧ください。
2013年11月23日(土)・24日(日)津山城(鶴山公園)の見ごろを迎えたもみじです。この日は「ご当地グルメ・フェスティバル」があり、岡山県北一帯の美味しいグルメが大集合しました。また、同時に津山城探訪ツアー、ちびっこ広場、マリオのミュージックライブ、美作国大茶華会など沢山のイベントもあり賑やかな両日となりました。
11/3(日) 中山神社の秋祭り(本殿は国指定重要文化財)
https://www.e-tsuyama.com/report/2011/11/post-99.html
日にち:11月3日(日)
場 所:中山神社(岡山県津山市一宮695)
問い合わせ:0868-27-0051(中山神社
2013年10月26日当日の天気は雨で心配しましたが、舞台が始まるころからは雨もほぼ止んでいました。ここは子どもの頃からいつも行っていた場所でもあり、感慨深いものがありました。薪能「田村」 は吉田篤史さんがシテとして出演。田熊回り舞台
主催:ゆきちゃんのぐりーん倶楽部 代表 小島幸子・共催:津山市田熊町内会
美作国theミステリーの謎解きでやってきた。ヒントは「遷喬小学校の校舎と向かい合え、真正面から、川のうねりを感じられるだろう。ただし、ほはあげるな。」です。
頂いた資料によると、旧遷喬尋常小学校は、「明治40年(1907)に巨額な費用を投じて建てられた木造校舎が、平成2年(1990)の夏、84歳にして小学校の役目を終えた...。今も、どっしりとした威容を誇る我が母校。あの木造校舎が、私たちの心をとらえ続けるのはなぜだろうと考えてしまう。旧久世町の教育を語る時、ルネッサンス風木造校舎ぬきでは考えられない。明治の先人たちが残した学校(子弟)教育への情熱を後世に伝えたい。人生の出発点を育んだ小学校時代を、ここを訪ねる人に思い出してもらい、明日への活力としていただくことを願う...」(2013.9.28取材)
地蔵院をお尋ねして谷崎潤一郎さんが、一時疎開していたという「宕々庵」(とうとうあん)のことをお聞きしてみましたが、もはや、写真も資料もないとのことで残念でした。今は、影も形もありませんが、地蔵院内にある愛山廟の前にダンジリ庫が建っているところにあったそうです。写真からうっすらわかるでしょうか?この写真は得能さんからお借りしたものです。記録では、庭には梅とつつじ、キリシマが植えられていたそうです。
誰か写真をお持ちではないですか?(2012.6.20)取材、前回の取材はこちら
本源寺 中門 国指定重要文化財 (2013年6月17日、7月3日取材)
中門は江戸時代初期の建築とみられ、間口4.0m、切妻造、桟瓦葺の薬医門(やくいもん)である。本源寺は、慶長期にさかのぼる方丈型の本堂を中心として、庫裏、中門や、森家代々当主を祀る霊屋など、桃山時代から江戸時代前期までに整備された建造物が一体で残されており、地方における大名家菩提寺として建てられた臨済宗寺院建築の初期の遺構として価値が高い。
本源寺 庫裏 国指定重要文化財 (2013年6月17日、7月3日取材)
庫裏は延宝(1673年~1680年)ごろの建築とみられ、桁行20.0m、梁間12.0m、一部二階、屋根は切妻造、桟瓦葺で、南面妻入とし、出入口に庇を付す。南面を除く三面に居室、便所及び浴室など居住のための改変が加えられているが、柱や梁組などの主要構造や平面の構成は、建築当初の状態よく残す。