鶴山八幡宮の秋祭り
鶴山八幡宮(八子の八幡様・つるやまはちまんぐう)で2011年10月10日(月)秋季大祭がありました。鶴山八幡宮は森家代々ゆかりの深い神社で、 現在津山地方北部の大土産神です。本殿は国指定重要文化財になっています。※過去のレポートはこちらをご覧ください。
鶴山八幡宮(八子の八幡様・つるやまはちまんぐう)で2011年10月10日(月)秋季大祭がありました。鶴山八幡宮は森家代々ゆかりの深い神社で、 現在津山地方北部の大土産神です。本殿は国指定重要文化財になっています。※過去のレポートはこちらをご覧ください。
福力荒神社(津山市福力130番地)2011年6月25日取材 ★2008年の福力荒神社大祭取材記事
祭神 素盞鳴尊
祭礼
・天和2年 祭日9月9日 社人 横林常陸
現在 旧正月大祭(1日・2日・3日) 春季大祭 4月20日
夏季納涼祭 7月 秋季大祭 10月 新嘗祭・冬至祭 12月
・代表的な祭礼
・旧正月の3日間は午前10時から神事が行われ、巫女による浦安の舞、豊栄の舞も奉納されます。3ケ日には安産・蝮除け・学業成就など願う10数万人もの参拝者で賑わい、参道には200軒もの露店が立ち並びます。
・秋季大祭は、神事に続き傘鉾の行列が組まれ太鼓などを打ち鳴らしだんじり・神輿も御旅所への御巡幸があり盛大に執り行われます。
主要建造物 本殿 幣殿 拝殿 社務所 鳥居 狛犬 碑
宝物 山口彦左衛門の奉献太刀 環頭太刀(創建600年記念)
御利益 蝮除け 子授け 安産 家内安全 学業成就 交通安全 商売繁盛 良縁等
▲にらみ合いの松は院庄字石守の田圃中にあり、にらみ合いの松で有名です。墓趾は南北に分かれてその上に植えられている古松が当時を物語るかのようである。また、ここは院庄東公園内であり、その中ににらみ合いの松が植えられています。(2011.4.9)
寺の前身は神戸(じんご)村にあった南北朝期の安国寺と伝えられています。寛永16年に本源院忠政の御霊屋が完成し、天和3年(1683)忠政の50回忌にちなんで本源寺と改称した。境内の墓地には森氏代々の五輪墓がある。
森家大名墓と御霊屋・表門は津山市指定重要文化財(建造物)。木造森忠政公坐像は津山市指定重要文化財(彫刻)。2009.1月取材
https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/tera/hongenzi/gallery.html
石垣が素晴らしい。
▲冠木門(公園になった為石段を作ったのですが、本当の姿は左右に防備のための石垣があったらしい)
「建武のころ(1334~1337)、すなわち足利尊氏が室町幕府を開いた頃、美作国の西北条部に鶴山という山があり、別名小篠山とも呼ばれていた。その南に留川(戸川)という清浄な川があった。付近には戸川町や林田町があって、毎月の一日と十五日には戸川の市と呼ばれる市がたち、美作国中の人々が群集を成して集まり、さまざまな商品の売買をした」(森家先代実録より)
ここでいう戸川町は吉井川の河原、あるいは川に面した安定し土地と考えられ、その町場を眼前にして、鶴山の中腹には福聚山妙法寺があり、その門前には門前町があったといわれています。
伝承では、妙法寺は津山城の「柳の檀」にあったとされています。この「柳の檀」というのは三の丸の段を指しており、鉄砲櫓の下の付近に大きな柳の木があったとされています。また、城内の煙硝蔵がった付近、現在の鶴山館が位置するあたりも妙法寺の院内であったと伝えられています。
そして、煙硝蔵の一段上の段には大きな桐の木があったことから「桐の檀」と称され、そこには鶴山八幡宮があったと伝えられています。また、戸川町には、後に城下の総鎮守となる徳守大明神が祭られていました。
慶長9年(1604)春、吉井川と宮川の合流点を見下ろす小高い鶴山を城地と定めた森忠政は、まず「鶴山」の名称を「津山」改めたとといいます。そして、その年の秋には手斧始めとして徳守神社を造営し城下町の総鎮守としました。(津山城百聞録より抜粋)
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▲裏門すぐの所にある菜の花の景色がきれいです。(2008春取材) 春には千本の桜が咲き乱れ、西日本随一の桜の名所として多くの人が花見に訪れる鶴山公園(津山城跡)。とくにぼんぼりに浮かぶ夜桜の美しさは幻想的です。また、新緑の頃の藤、ツツジ、秋の紅葉、雪景色など、四季を通じて訪れる人の目を楽しませてくれます。天守閣などの建物は明治7年に取り壊されましたが、本丸、二の丸、三の丸の石積みは、高さが45mもあり昔日の面影を今に伝えています。 昭和38年9月28日国指定重要文化財(史跡)指定 >>2011年4月のさくらの様子はこちら。/ SakuLoveも登場する2011年4月10日の様子はこちら。 |