豊受神社(勝央町)
今回は、令和2年3月28日の小雨が降る中を、勝北歴史研究会のみなさんと歩いた植月御所散見の様子です。岡山県の神社庁のHPでも調べましたが、それらしき神社は見当たりませんでした。いつごろ、なぜ豊受神社と呼ばれるようになったのか?
地元では「岡山県勝田郡勝央町植月北に鎮座している豊受神社は王子様(王子権現宮)とも呼ばれており、元旦祭、夏祭り、総日待、冬祭り等地区の氏神様として皆さんが崇拝している神社」とのことです。
今回は、令和2年3月28日の小雨が降る中を、勝北歴史研究会のみなさんと歩いた植月御所散見の様子です。岡山県の神社庁のHPでも調べましたが、それらしき神社は見当たりませんでした。いつごろ、なぜ豊受神社と呼ばれるようになったのか?
地元では「岡山県勝田郡勝央町植月北に鎮座している豊受神社は王子様(王子権現宮)とも呼ばれており、元旦祭、夏祭り、総日待、冬祭り等地区の氏神様として皆さんが崇拝している神社」とのことです。
1805年(文化2年)2月21日方谷先生は、この地で産声をあげました。父は山田五郎吉重美(山田家26代)、母は梶、身分は百姓(村方三役の長百姓)で菜種油の製造販売で生計をたてていましたが、家計は苦しくとも元は武士である、との強い気概を持って日々の生活を送っていたのです。
幼名は、「阿璘」、本名は「球」、通称「安五郎」、小さい頃両親は、呼びやすいように「おりん」と呼んでいたようです。なお先生の兄弟は妹「美知」さん(先生8才の時死亡)、弟「平人槌平」さんの3人でした。きびしい家訓の下、(衣類は木綿に限る・酒のたしなみは無用のこと・・・等々)3才のころより読み書きを両親が厳しく教えた訳は、山田家を再興したいとの強い志があったからであり、先生はこのことを常に頭に置いて勉学に励み、両親の要望に応えようと努力を惜しまず、その能力をいかんなく発揮したのです。
写真:現駅前商店街を行進する学生、後方の山の看板が目立つ 時期:不詳
2022年1月、河部さんにお借りした写真の中にあった駅前商店街を見て思い出したことがあります。誰かが津山の中心部に行くと、必ずと言っていいほどお土産は横綱饅頭で、いただくと嬉しくてたまりませんでした。私にとって、"津山と言えば横綱饅頭でしょ!"くらいに強烈な印象があり、懐かしさがこみ上げてきました。
当山は室町時代、山久世地内にある北谷寺屋敷に建立されました。その後、門所切尾峠手前に移築され、椿山一乗寺と号しておりました。天文23年(1554)に同寺を廃して慈雲山密乗寺と改名し、現在の地に移築されました。
ご本尊は、聖観世音で御徳は産授乳子育ての観音様として、近郷近在より参拝者が多数ありました。本堂の周りには、奉納されています手作りの乳房が多数吊るされていましたが、昭和27年本堂一部改修の折、いくつか浄焼されました。
至孝滝にある奥の院横には、不動明王が祀られており、毎年春にはお祭りがあり、多数の参拝者があります。参道には、四季により山つつじやシャクナゲ、秋は紅葉など色とりどりに包まれて、自然豊かな一帯です。(文:『高野山真言宗美作霊場めぐり』より)(2021年12月4日撮影)
明宝会館前の広場が出来上がっている。明宝会館は屋上の一部は未完成。
映画は「暗夜行路」・時期:昭和34年(1959)
写真は2022年1月8日、津山駅前の移り変わりを、長年駅前周辺の商店街活性化のために尽力されたスタジオK2、エイコ美容室などを展開されている(有)プランニングオフィスK2会長の河部克己さんに教えて頂こうとお尋ねしたところ、河部さんが大切に保管しておられた貴重な写真(約62年前)を見せて頂き、懐かしくもあり、嬉しくもありで感動しましたので、ここに記念として載せて広くみなさんに紹介したいと思います。懐かしい人には懐かしく、そうでない人にはそれなりに。
秘史 後南朝の仙洞御所の地、高根について「如意輪観音寺跡」貞和3年の石造(宝塔)
酒本武都主氏の親切な道案内により、その幻を求めて歩きました。翌日の令和3年6月4日地区に古い物が多くあることを知ったことにより、せめて石造物の文字だけでも正しく読んでみようと、独り調査に入った。この日私的には大変なものを確認できた。
地元では先人達が、「高仁山長福寺境内 如意輪観音寺跡」と言われる場所には宝塔(仮)があり、それには(判読)「貞和三丁亥天〇〇(1347) 願主 万門」と彫られていることに気づいた。
これは町内で重要文化財指定されている
間 山 四角宝塔康永3年(1344)
一本松 如意経塔延文6年(1361)
東光寺 油地蔵 康暦2年(1380)県指定
この中では二番目のものである。手水鉢には昔は髙仁であったとも奉納者が示していた。
かつて秘史を語ってきた人達は以上のことを知っていたのでしょうか。詳しくは後日の調査を待つことにして地元区長へ中間報告することとした。参考文献:『博士 川勝政太郎著 石造美術入門・同 石造美術の旅』より(文:勝央町文化財保護委員会 委員長 赤木耕三)
毎年恒例の白加美神社の初詣です。今年も元旦にお参りに行くと氏子の皆さんが来られていました。1時を過ぎていたので、少し遅めの初詣でしたが、お世話役の若者がぜんざいを勧めてくださったので戴いてきました。ほどよく甘くて美味しかったです。良い年になりますように。
2021年12月31日(金) 〜 2022年1月1日(土) 11:30~00:30大隅神社境内(鳥居~神門~本殿)の参道に牛乳パック灯籠が並び光の道が作られました。
昨年10月のつやま町燈路で大隅神社の参道に牛乳パック灯籠を並べましたが、12月31日大晦日の夜にも大隅神社の境内に牛乳パック灯籠を並べて光の道を作る催しを行うことになり企画されたものです。来年こそは明るい年となりますよう祈念して行います。上之町六丁目青壮年会、城東まちづくり協議会イベント事業部担当
2022年の初詣に徳守神社に参拝してきました。
今年の初詣は雪が舞ってとても寒い日となりましたが、令和4年(2022)になるとすぐに参拝者が列をなして静かに順番を待っていました。また、境内には多くの方が来られていてとても賑やかでした。今年こそ、コロナ騒動も収束して色んなイベントが盛り上がってほしいです。
つながる「出雲街道(Ⅱ)」を歩こう会 万能乢コース(1)からの続きです。今回のコースは比較的になだらかな所が多かったため歩くのが楽でした。また、事前の調査、古道の整備など「勝間田宿の会」、「土居宿を後世にのこす会」、「勝山宿の会」の方々のご努力に感謝しながら歩いてきました。
今回の「つながる出雲街道(Ⅱ)」を歩こう会は、特別企画 第4弾として、万能乢より江見までを、「勝間田宿の会」を主催者にして、「土居宿を後世にのこす会」と「勝山宿の会」とで共催して開催いたします。また、万能乢コースと別に、古代より開けた「杉坂峠コース」がありますが、このコースは又の機会に譲り、参勤交代が始まった江戸中期(慶長9年頃)より、土居宿が設置され「万能乢コース」が開発されたので、今回は同コースを歩きます。