千年寺の石燈篭両基
長継山千年寺は、長継が自身の生前墓(寿塔=逆修塔)を建立した寺です。 現存するものは境内地と風致林、それから長継公五輪墓(津山 市の文化財)を中心に石柵、石窓和尚・関森和尚の碑、仏殿(本堂)・寿光堂の礎石、中の段は鐘楼、井戸、禁葷酒の石柱、山門の礎石、刹竿の双柱の1本、三 箇所の石段、千年寺への道しるべ石柱2本、下に井戸1箇所と南側の山即ち玉几岡に生き仏(開山鐡堂和尚)の墓があります。(撮影2017年4.月12日)(2014年の取材)
長継山千年寺は、長継が自身の生前墓(寿塔=逆修塔)を建立した寺です。 現存するものは境内地と風致林、それから長継公五輪墓(津山 市の文化財)を中心に石柵、石窓和尚・関森和尚の碑、仏殿(本堂)・寿光堂の礎石、中の段は鐘楼、井戸、禁葷酒の石柱、山門の礎石、刹竿の双柱の1本、三 箇所の石段、千年寺への道しるべ石柱2本、下に井戸1箇所と南側の山即ち玉几岡に生き仏(開山鐡堂和尚)の墓があります。(撮影2017年4.月12日)(2014年の取材)
明治33(1900)年から昭和37(1962)年津山市南新座に生まれる。
本名は齋藤敬直(さいとうけいちょく)。33歳の時、歯科医だった三鬼は患者達のすすめで俳句を始める。この時から使用したペンネームが「三鬼」で「サンキュー」をもじったものといわれている。
35歳で代表作の「水枕ガバリと寒い海がある」を発表し新興俳句の有力な作家として認められたが、戦争一色となる社会情勢の中で、新興俳句は内容が革新的であることにより弾圧をうける。
終戦後、俳句を再開した三鬼は、近代文学としての俳句の可能性を求め、俳句の復活を志した山口誓子とともに昭和23(1948年)「天狼」を創刊するなど俳句の復興に尽力。また、敗戦直後の混乱した時代に俳人が俳句で生計を立てていけるようにと現代俳句協会を創立。句集として「旗」、「空港」、「夜の桃」、「今日」、「変身」がある。
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2017年3月5日「津山城下町雛めぐり」の中で城西地区で行われる「城西雛めぐり」に行って来ました。
当日は朝から大勢の老若男女が「作州民芸館」につどい楽しそうに鶴山桜太鼓の演奏に聞き入っていました。小さな子どもが太鼓に合わせて踊っている姿や賑やかな声がして微笑ましいです。無料ふるまいの豚汁に舌鼓を打っている方や、作州民芸館内ではコーヒーなどの飲み物や東高校生の作ったパウンドケーキ販売がありました。また、年配者のカメラマンが多かったのに驚きました。
皆様はどんなゆく年くる年をお迎えでしょうか?「津山瓦版」も今年は12年目を迎えます。ここまで続けて来られたのも皆様のご支援のおかげと厚く御礼を申し上げます。今年もスタッフ一同、津山の情報や近隣の情報をお送りしていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。「Facebook]」も見てね!
堺町は森藩の時代には木知ケ原町と呼ばれた。現在の堺町と改称されたのは享保12年(1727)。この町には森藩時代からの豪商として知られる誉田屋があった。この家が根田家であろうといわれる。根田稲荷はこの家の屋敷神であったが、今は堺町の町内神。稲荷信仰のもとに商売繁盛と火の用心はっきもの、火災から町内を守る神としての信仰を集める。寛文4年(1664)徳守神社の新社殿が完成した折、最初の神輿をこの町から奉納している。
本年、津山城完成400年を記念し、従来行われていた徳守神社大祭を大きく進化させ、その一つの姿として、奴通りにて新たにお旅所を設け、津山総祓神事を執り行うこととなりました。
当社は、1604年に津山藩初代藩森忠政公にて現社地に造営されました。当時はまだ不安定な時代で津山城築城に当たり、津山城とその城下町の守護神として造営されたと伝えられています。大坂夏の陣にて使用された鉄盾を森公が当社に奉納されたのもその証の一つと言えるでしょう。
この度の徳守大祭は、当社の時代背景の具現化を目指し、甲冑と火縄銃をテーマに企画されております。当時津山でも組織されていた津山城鉄砲隊が、その子孫により復活をしており、今年よりと徳守大祭に初参加いたします。また、古くは徳守大祭の神輿行列はカ甲冑を装着しての所役もあり、この故事から現在甲冑を正装として活躍されている、備州岡山城鉄砲隊にもご参加いただきます。(文:徳守神社案内より)(2016年10月23日撮影)
今年の徳守神社の秋祭りでは、12台のだんじりが出動するほか、南新座一丁目の舟形だんじり「南新丸」が展示されるなど盛り上がりをみせています。城西浪漫館では祭り気分を盛り上げようと徳守祭りだんじり若頭會との共催で開く今展では、各町内の特色ある法被や浴衣を集め、各町内のだんじりの写真と共に展示するほか、宮脇町、小性町の提灯や城西浪漫館所有のだんじり部材や西今町の半鐘などがご覧いただけます。(文:徳守祭だんじり衣裳展チラシより抜粋)(2016年10月16日撮影)
2016年10月23日(日)に徳守大祭が行われます。今年は津山城完成400年記念として鉄砲隊古式砲術発砲演武が午後1時過ぎから奴通りで行われるそうです。とても楽しみです。徳守神社のFBに載っていた当時の古い写真をお借りして組んでみました。
「当時を覚えておられる宮司の話によると、武者甲冑の後ろに奴が続くまさに大名行列さながらで、その後に大神輿が続いていたそうです。」(徳守神社FBより)
2016年10月2日(日)、津山市城西地域で「津山・城西まるごと博物館フェア2016」が開催されました。 この催しは、津山市の「城西地区の出雲街道沿線(西今町~宮脇町)を博物館」に見立て、地域の皆さんが手作りで開催するイベントで午前10時~午後3時まで行われました。当日は、アート&クラフト展、オープニングパレード、バルーンアート、城西こどもガイド、ミルクホール、まるごと合唱団、吹奏楽の演奏、城西お宝さがし、人力車、作州絣の実演と体験、キッズフリマ、屋台村など盛りだくさんの内容でした。
2016年7月23日(土)14:00~20:30、恒例の「徳守神社夏越祭・わぬけ祭」に合わせ、徳守神社・近隣町内会等と協力し、懐かしい木枠の行灯等を沿道に飾る祭り徳守万燈籠(主催:つやま城西ほりおこし隊・城西まちづくり協議会)があり行って参りました。今年は、「徳守のお祭りが進化します。」と題して、竹燈籠 約1500基・紙行灯 約600基を配して万燈籠(監修:山形楽、テーマ:平安境内から近隣町内)が華麗に境内を彩りました。また、作州民芸館や徳守神社境内、徳守会館内の各会場でイベントが行われ大勢の方で賑わっていました。(2014年の夏越祭)