少彦名神社(油木北)旧久米町
大宗油木北字宮1608番地
当社は古くは「赤子の宮」・「赤子大明神」・「児大明神」・「児の宮」・「児神社」等と呼ばれていたが、明治6(1873)年2月6日、北条県から「油木神社」と改称され、更に同10年現在の少彦名神社と改められたものであり、少彦名命を主神とし、油木北・油木上(以上久米町)・北・南(以上久米郡旭町)の四大字の産土神である。
大宗油木北字宮1608番地
当社は古くは「赤子の宮」・「赤子大明神」・「児大明神」・「児の宮」・「児神社」等と呼ばれていたが、明治6(1873)年2月6日、北条県から「油木神社」と改称され、更に同10年現在の少彦名神社と改められたものであり、少彦名命を主神とし、油木北・油木上(以上久米町)・北・南(以上久米郡旭町)の四大字の産土神である。
鶴亀神社(2014年9月19日取材)
大字坪井下の鶴坂に「鶴亀神社」という小さな祠があって瘡類に御利益があるとされている。
このお宮については、昔、鶴之亟と妹の亀という兄妹があった。妹の亀は世にも珍しい美貌の持ち主であった。
亀が18才の時であった。亀に懸想していた中間其は或る夜鶴之亟の不在を見すまして、亀をかつぎ出した。山道にさしかかった時、亀は中間の耳を噛みきったので、中間は怒って亀を殺してしまった。
やがて、口の中に男の耳をふくんだ亀の死体は発見された。そこで鶴之亟は、耳の無い男を妹の仇として仇討ちの旅に出た。
糘山遺跡群の発掘調査にともなう出土品を中心に、久米廃寺・宮尾遺跡などからの出土遺物を写真パネル・レプリカ・模型などにより概ね時代順にコーナーを設けて展示しています。また、民具館では明治から昭和中期にかけて、久米地域で使用された生活民具・農具等を約300点展示しています。津山市中北下1271番地 (津山市久米公民館南隣)2014.9.17
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2014年9月14日(日) 今!田舎が面白いっ!
津山市戸脇に在る古民家「倭文の郷」で、音楽LIVEに、食に!地元の新鮮野菜!竹林散歩!縁側でのんびり日向ぼっこ!秋の一日をのんびり楽しもう!と題してバンブーミュージックフェスタがありました。日中は暑く、夜は少し肌寒い中でしたが、音楽あり、自然いっぱいの中でゆったりとした一日を過ごしました。
2014年3月29日の梅の里公園の様子です。例年よりも遅く咲きました。
約5ヘクタールの園内に鹿児島紅梅・八重寒梅・寒紅しだれ梅・鶯宿・南高・甲州小梅など、紅白あわせて14品種(2000本以上)の梅の木が植えられています。梅の木が満開になると梅の花の香でいっぱいです。
中国縦貫自動車道からも良く見える久米のお宅のイルミネーションです。2013.12.13
暗い中にひときわ輝いています。
2013年4月8日の久米カントリー入り口付近のさくら。いつもさくらが咲いたら寄ってみようと思っていました。今年は桜並木の通り抜けが出来ました。
2013年4月28日(日)、9:30~15:00まで道の駅久米の里で「仙人まつり」が行われ、大勢の家族が来られていました。可愛いポニーちゃんにも出会えたし、地元の生産者のみなさんの「ちんどん劇場さん」もよかったですよ~。
第21回梅の里梅まつり (2013.3.14、3.24、3.26取材)
期間:2013年3月1日~3月31日 時間:午前9時30分から午後4時まで
まつり期間中は、公園内で収穫した梅で作った梅ジャムなどの加工品の購入ができます。軽食もOKです。
津山市神代にある梅の里公園には、約4ヘクタールの園内に鹿児島紅梅・八重寒梅・寒紅しだれ梅・鶯宿・南高・甲州小梅など紅白あわせて14品種の梅の木が植えられています。しかし、今年は蓑虫に皮を食べられ花のツキが悪いそうです。
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2012年7月16日(火)小瀧(こたき)倭文東村大字福田上
小瀧は八社川上流にあり、小滝(高さ約20m)付近はよく整備されている。
両山寺五瀧の一つ、高さ10間、幅4間、傍らに大師堂がある。榜示が乢へ上る道路も左側にあって通行する旅人の足を止めしめる。瀧は小さいが雅致がある。(久米郡誌より)
野山が紅葉と変わり清々しき心地に秋風がやって来る頃、又春の陽に麦穂の美しく伸びゆく時、御大師巡りに足を八社の地に運ふ折道行く人々に疲れの足を停めさす小瀧、秋の陽ざしに岩の白く輝き清流に流るゝ汗を拭ひ取り水の面に我が身を写せる小瀧の水の清らかさ先づ何と云っても秋の八社の代表的景勝地で有らう瀧の上に堂ありて、御大師様、御薬師様等祭礼するは是又面白き姿である。久米郡誌に「両山寺五瀧の一つ高さ10間、幅4間傍に大師堂がある榜示が乢へ上る道路の左側にあって通行する足を止めしめる瀧は小さいが雅致がある」と述せる如く総て小瀧の地は風雅なり。(昭和27年9月1日発刊 倭文志稿より抜粋)2009年取材の様子はこちら