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本山寺のシャクナゲが奇麗に咲いていました。

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天台宗 岩間山本山寺(いわまさんほんざんじ)は、長承元年(1132)稲岡ノ庄(誕生寺)の漆間時国公夫妻が参詣、祈願して生まれたのが、後の浄土宗の宗祖と仰がれる法然上人(源空)です。江戸時代になると、津山藩の祈願所として尊ばれ、森候の時代には、美作の天台宗の触れ頭であったといわれています。また、境内には沢山のシャクナゲが植えられています。(2020年5月17日・23日撮影)

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地蔵堂(鏡野)

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 枡形城の繁栄した年代に創始されたと言われ、以来400年以上踊り続けられている盆踊りがあり、毎年7月23日が祭日である。『天正年間(1573~1592)に枡形城が築かれたときに新町が作られて、戦国時代の生々しい戦いと混乱の世相に仏の慈悲を念じ、この地に地蔵堂が建設された』と伝承されている。
 棟札によると、
  宝暦4年(1754)5月改築  天明5年(1785)改築
 明和2年(1764)円通寺住職「龍盁」の名をもって燈明料として、白米6斗5升が寄進されている。

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美作の大庄屋巡り「島田家」(院庄)

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 島田家 島田太郎兵衛 西々条郡院庄村 森藩
大庄屋まで
 島田氏は、鎌倉幕府の役人としてこの地へ移り、代々太郎兵衛を名乗ったといわれる。美作一国の領主となった森忠政は構城の築城にあたり島田家に居住し、忠政の子忠広は島田家で生まれている。
 島田家は元禄10年(1697)まで4代大庄屋を勤めたが、5代目は幼少であったため、後見役を勤めていた江川四郎左衛門が森藩改易後、大庄屋に任命された。
大庄屋として
 慶安元年(1648)布原台地の開発に関わった。

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美作の庄屋めぐり「田口家」(下横野)

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 美作の田口氏=云い伝えによれば蘇我蝙蝠臣の末、田口朝臣房富二十一世の孫田口重如當國苫田郡を領して田野村に瑞雲山を建立す。その子光益、大和國髙市郡を領し、その子左衛門尉光政、小吉野庄を領してて北髙田に城を築く。また、田野邑に田口山引乘寺(正明寺)を建立す。建武以来山名時氏に属して作州を平定し應永二年三月七日卒したり。なお、山名坊菴入道忠政の女(守護代鶴山城に居る)、虎御前は田口薩摩守光政の室なりと伝わる。
 光政の一子紀重藤は、天正十七年に備中松山城を攻めて庄蔵人を討伐せし功により、勝南郡南分吉留村を領し、光政の二男忠光は父の跡を継ぎ北髙田に居城す。忠光五世の孫田口彦兵衛光正に至り、大内義興を助け、その子志右衛門尉重光は尼子晴久に属し、天文年中各地に転戦したれど、のち毛利氏に随いて宇喜多勢と戦いたり。その後大蔵甚兵衛尚治と謀りて志戸部の出城を潰滅させたれど、その子藤左衛門益重に至り、天正七年神楽尾落城して宇喜多氏に降りたりという。このほか「東作志」に「勝南郡公文庄重藤邑庄屋田口庄七」記載さる。(文:『田口一族』より)

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新緑の矢筈城跡を訪ねる(県指定史跡)

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 令和元年5月4日、令和最初の「矢筈山登山会」が開催された。(矢筈城の概要は⇒こちら
参加者38名。遠く大阪市、鳥取市内からも参加する方がおられた。
開会式、安全祈願のあと、意気揚々と登山を開始した。(この記事は2019年5月4日の登山会の記録です。)

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本山寺のシャクナゲの花(美咲町)

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 岡山県美咲町にある岩間山 本山寺の境内にはシャクナゲの花が沢山植えられています。毎年、訪れるのですが、今年は4月11日と少し早めに伺ってきました。2013年5月2日分と併せてご覧ください。
 本山寺は、江戸時代津山藩の祈願所として尊ばれていた寺院で法然上人ゆかりの地でもあります。現在の境内地は4200坪と広く、十余棟の堂塔伽藍は昔に変らぬ面影を伝えています。また、国指定文化財、本堂(1350)、三重塔(1652)、宝筐印塔(1335)があります。
(岩間山 本山寺 法然上人ゆかりの地、2012年11月12日取材)

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オーエヌ工業㈱の芝桜が綺麗に咲いていました。

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 2020年4月11日・14日と津山市戸島にある津山産業・流通センター内のオーエヌ工業㈱の法面に植えられている芝桜の様子を見てきました。4月14日にはほぼ満開に近い状態でとても綺麗でした。
 社長の中村 政弘さんから、「最初は芝桜を植えたら綺麗と教えてもらい植えたのですが、2度3度失敗してようやく綺麗に咲くようになった。」と教えていただきました。
 「オーエヌ工業㈱は、ステンレス配管製品の専門メーカーとして長い伝統と実績を誇っています。なかでも主力製品の拡管式管継手『ナイスジョイント』は耐久性、耐震性に優れ、高い信頼を得て国内シェア7割を占めています。また、新規業種・分野での顧客開拓、海外市場への展開など積極的に推し進めています。」とのことです。

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パークロード白鳳の広場(宮尾)

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パークロード白鳳の広場(岡山県津山市宮尾561)
道の駅「久米の里」隣にパークロード白鳳の広場があり、五重塔が建っています。この五重塔は、久米廃寺跡の記念のモニュメントで、この地には「唐臼」と呼ばれる古代寺院の塔の心礎があり、小字名も「唐臼」と称されていました。
 久米廃寺は、今から約1,300年前(白鳳時代)に創建された寺院ですが、火災にあい、平安時代の前半には廃寺となってしまったようです。最盛期の寺域は東西130メートル、南北110メートルの規模で主要な建物である金堂・塔・講堂が、回廊または築地塀の中に東西に並列して立てられ、東側の一段低い谷の部分に雑房(寺院関係者の生活場所)があったところです。ここで出土された久米廃寺出土塑像仏及び遷仏が県指定重要文化財になっています。

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2020年4月2日の津山城(鶴山公園)

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 2020年4月2日の午後、津山城(鶴山公園)に満開のさくらの花を撮影しに行ってきました。
曇り空ですが津山城(鶴山公園)は満開のさくらで美しく華やいでいました。時折、自撮りに夢中な親子の笑い声がしていました。また、子どもたちは多くの階段をものともせず元気に走り回っていました。城内では、新型コロナウイルス感染が心配されるので飲食や長期滞在等はひかえるようアナウンスがあります。今週末は満開で美しいさくらの花を楽しむことができるでしょう。

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2020年3月29日の津山城(鶴山公園)のさくら

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 さくらの開花が宣言されていたので、2020年3月29日に津山城(鶴山公園)まで行ってきました。
さくらの花は一部が満開となっていましたが、本番はこれからです。菜の花の黄色と緑、そしてさくらのピンクがとても美しく、来られていた方が「わぁ~きれい!」と写真を撮られていました。
 世界中がコロナウイルス感染の恐怖のためにお客様の数も激減していましたが、来られていた方々は静かにさくらを鑑賞したら足早に帰っておられました。

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