【津山人】士魂商才の実業家 磯野計(1858-1897)
2018年3月3日、津山市川崎にある津山東公民館で「津山市公民館講座 演題:士魂商才の実業家 磯野計ー世界のベスト(最良品)を日本へー」と題して、元津山洋学資料館館長の下山純正さんが磯野計の生涯を色々なエピソードを加えてお話してくださいました。
2018年3月3日、津山市川崎にある津山東公民館で「津山市公民館講座 演題:士魂商才の実業家 磯野計ー世界のベスト(最良品)を日本へー」と題して、元津山洋学資料館館長の下山純正さんが磯野計の生涯を色々なエピソードを加えてお話してくださいました。
2018年3月28日の津山城(鶴山公園)のさくら開花状況です。「つい昨日に開花宣言を出したばかりなのに、夜の冷え込みもなく、しかも日中はあったかなので一気に花が咲き始めてしまった。」そうです。例年よりは7日早いそうです。「津山さくらまつり」は4月1日のオープニングに始まり、4月15日まで開催されます。
城のとりこわし
津山に郵便局ができたのは明治四年、そのときは郵便取扱所といっていた。局の名になったのは明治八年正月であった。明治六年には新しい紙幣ができて旧藩札の通用が停止された。北条県では十一月六日から三日間、吉井川のぞきの川原で四百二十四万枚の藩札を焼いた。
衆楽公園の設立許可は明治六年四月のこと。津山城のとりこわしも、このとしから準備がはじまった。というのは、二月二十八日付けで大蔵省へ出した北条県からの届けによると
城郭存廃未だ御達し之れなく候へ共、昨夏陸軍省官員巡回のみぎり、やぐら門、石壇すべて払い下げに相成候条入札差し出すべく旨、指示につき去秋取りまとめ、同省へ送達に及び候間、御省へ御引送り相成候儀と存じ奉り候、就いては廃城御決定必然の儀と存じ奉り候。郭内地所払い下げ等御規則照準取計申し候。
とある。こわす段取りを急いでいることがわかる。存置しようという考えは毛頭なかった。そして、実際に取りこわし工事は明治七年六月からであった。約十ヵ月をかけて津山城は完全に姿を消した。
ROUTE178 B'z津山を盛り上げる会(二番街・津山銀天街・元魚町商店街)の皆さんが、津山さくらまつりの一環として企画されておられる楽しそうなイベントを取材させていただきました。なんと、デグチビル側面には看板が設置され、また、「ROUTE178 B'z津山を盛り上げる会(イナバ化粧品店協賛)」の常夜燈が12基設置されました。会長の出口剛三さんは「昨年の津山公演も、その後の、お誕生日おめでとう会や多くのファンの人たちと触れ合えとても感動した。もっと早くにしてあげればよかった!」と反省しきり。夏には、B'z結成30周年記念を企画中だとか。とっても楽しみですね~。(昔の元魚町商店街)
駒井匏軒は幹夫津山候に仕へて先手弓頭となり祿五十石を食み、學問所教授を兼ぬ。兵學に通じ詩歌に巧に又書を善くす最も明楽に精通し特に横笛の妙手たり。晩年惟を垂れ名けて啓蒙學舎と曰ひ廣く青年子弟を数ふ。明治十二年七月歿す。歳五十六。匏軒文稿同詩稿の著あり家に藏す。(文:苫田郡誌より)(2017年6月14日撮影)
堂内には、弘法大師と袖捥観音を祀っています。堂の表には3っの表札がかけられています。
【勝南霊場第18番観世音菩薩(白札)】
高野山支部勝南祈四国18番霊場(木札)
勝田西国 第12番(木札)
この3種で、霊場巡りは、明治20年(1887年)頃から盛んになりました。
昭和10年(1935年)頃でも、先達を中心として白衣姿の巡礼が札所を巡っていたのが見られ、札所近くの人が接待や仮宿をしていました。この巡礼めぐりの創設は、718年頃と言われています。
【由来】文久元年(1861年)、辛酉の年のこと、殿さまは松平慶倫公で、前年には徳川幕府の大老井伊直弼が水戸浪士に討たれるという大事件【桜田門外の変】がありました。
2018年3月7日津山城(鶴山公園)三の丸にある鶴山館にで津山城ひなまつり(2018年3月3日~3月11日)が開催されており拝見してきました。明治初期の雛飾りや可愛い市松人形も飾られていました。また、苅田家のお雛様は明治時代の初期~40年代のお雛様で見ごたえあります。その他、沢山の格式高いそれぞれのお雛さま達が今年も楽しませてくれました。今年はB'zの看板が飾られていて(ひな祭り期間中は勿論当分の間)何だか得した気分になりました。(2016年の雛祭り)
かつて津山城には内山下と呼ばれる総曲輪があり、その外周を土塁と濠が囲っていた。明治の廃城以後、同20年(1887)頃までには土塁を崩して濠を埋め立て、内山下は市街地に組み込まれた。そのため、この総曲輪の区域で旧状をとどめる箇所はほとんどないのだが、京橋口桝形の土塁・石垣の一部と、宮川口~京橋口間及び二階町口の南北の濠の名残りとして水路が残っている。
2017年9月10日(日)午後1時30分~3時、津山市教育委員会が実施していた、新津山国際ホテル建設に伴う埋蔵文化財発掘調査の調査成果の現地説明会が(第1回は2017年6月4日)行われました。
今回は近世の城下町における屋敷地を区画するためとみられる柱穴列や建物の基礎部分とみられる石垣などが確認されました。また、井戸の遺構も見つかりました。
2018年1月14日の津山の朝の雪景色です。今年は全国的に寒さが半端じゃない冬となりました。津山でも度々雪が降りましたが、全国の大雪となった地域の方に比べれば少ない方でしょう。津山城の石垣に積もった雪と朝日のコントラストがいいなぁ~と思い撮ってみました。