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日吉神社(勝央町)

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社説 旧郷社 日吉神社
 本社創立の年代は不詳、社伝並びに古老の口碑によれば天平9年11月、従五位下美作守阿部帯磨より受継ぎをなせる、美作守大伴兄磨が、近江國阪本鎮座の日吉神社より天平10年4月、分霊を奉祀し、翌11年3月7日、御遷座勅許を得て荒田七反歩を寄せ、植月郷総鎮守となしたりとも、或は、内田菅磨、が近江國日吉神社を、旧社地植月中河内山王谷に奉祀し、永正9年、宮山城主植月彦次郎この地に遷し奉ると云う。
平成6年3月本殿・幣殿・拝殿共に著しく老朽せしを、平成の御大典記念として改築なせるものなり
祭神 大山咋命・大巳貴命・豊受大神・味須岐高彦根命・少彦名命・猿田彦命
境内社 稲荷神社・厳島神社(文:現地案内板より)(2020年9月10日撮影)

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那岐三山が見える丘の茶畑

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ふらーっと立ち寄った先は緑の絨毯と奈義三山が望める絶景でした。
 2020年12月6日勝央町のノースビレッジを後にして、どこか行ったことのない道を行ってみようということになり、植月から奈義方面へ行くと、左手に何やら緑の畑がちらちらと見えてき来たので何だろうと脇道へ入ってみました。すると、緑の茶畑が見えてきました。絶景! こんなところに茶畑があるとは思いませんでした。しばらく眺めて更に奥に行くと見慣れた津山市の風景が見えてきて、ここに繋がるのだと、またひとつ道を覚え得した気分になりました。

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おかやまファーマーズ・マーケット ノースヴィレッジ

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2020年12月5日おかやまファーマーズ・マーケット ノースヴィレッジでお散歩してきました。
 三密を避けて広い所で遊ぼうとやってきた親子さんや年配者が大勢いらっしゃいました。草スキー?から、ゴーカート、はたまたのんびり昼寝したりと遊び方はそれぞれ。乗馬体験ではポニーから大きめの馬まで、幼児から年配の方まで体験できるコースもありました。

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忘れられない勝央町の農道附近の花

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 勝央町の農道沿いに咲いていたお花畑になんて綺麗なのだろうと目を奪われてしまいました。
色とりどりの葉鶏頭がとても美しく、周りのお花も負けじと美しく咲いていました。せっかく撮ったお花の写真ですが、もったいないので記念に組んでみました。

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菩提寺の大イチョウの紅葉(奈義町)

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 2020年11月22日の午後から奈義町にある菩提寺の大イチョウの紅葉を見に行ってきました。
先の台風で大けがをした大イチョウ、少し痛々しい姿ですが紅葉は進んでいました。この日も沢山の方が紅葉した大イチョウを見に来られていました。また、境内のモミジが色とりどりに色づいてとても奇麗で、皆さん盛んにシャッターを切っておられました。

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出雲街道、勝間田宿「下山家古文書展」

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 令和2年10月27日(火)~11月8日(日)まで、勝央美術文学館町民ギャラリー1で「出雲街道勝間田宿 下山家古文書展」が開催されています。

はじめに
 出雲街道は、古代には畿内と出雲を結ぶ道として発展し、人々や文物が行きかう交通の要路でした。江戸時代になると参勤交代のため街道が整備され、休憩や宿泊の拠点として整備されていきました。
 勝間田は参勤交代の宿場町として整備され、美作七宿のひとつとして栄えていました。宿場内には、諸藩の参勤交代にあたって、大名や供の者が泊まった旅舎が二つあり、おもに津山藩主などが宿泊した下山本陣と、松江・勝山藩主などが宿泊した木村本陣がありました。今回の展示では、下山本陣と本陣を営んでいた下山家に焦点を当て、関連の古文書を展示いたします。

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出雲街道を歩こう会「勝間田宿」

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2020年9月27日「出雲街道を歩こう会」に参加してきました。
 出雲街道とは、播磨の国 姫路を発し、出雲の国 松江に至る約215kmの古道を言う。また、終点は松江を過ぎ、出雲大社とも言われている。
 大和朝廷が、武力で全国平定をしたのに対し、出雲は神話に登場するが如く、平和狸に国譲りが行われ、朝廷より優遇されて、鉄の産出も始まり、街道は繁栄してきました。街道は人、物、文化を運ぶ役を果たし、その重要性は五街道(東海、中仙、甲州、日光、奥州)に匹敵し、同等の街道として発展しました。その後の街道も時代と共に、道筋は変遷、消失を繰り返していますが、現存し得いる道で合理性が高く、最も古い道を採用しています。今回は「出雲街道(東部Ⅱ)」よりの特別企画第一弾として、勝間田宿の会の主催で、3区を歩こう会を開催いたします。(文:案内資料より)

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町川神社(奈義町)

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 町川神社は、後醍醐天皇が隠岐へご遷幸の時、後を追ってこられた側室の広橋の局が町内西原で追治皇子を出産され、その後皇子の住まわれる御所を現在の地に造営したのが起こりといわれています。
 本殿は桧皮葺中山造様式(正面入母屋妻入、背面切妻)の建築で、数段の斗供によって屋根を支え、正面に唐破風の向拝を取り付け、軒下には手の込んだ彫刻を施しています。向かって右の扉には皇室の紋章の16葉の菊、向かって左の扉には皇室より下賜された57の桐の紋章を配しています。
明和6年(1769)の建立で、寺社では町内最古の建造物です。
拝殿の前の2基の灯籠は、宝暦3年(1753)氏子中の寄進で、本殿前の「御所宮」の神額は明和8年(1771)出雲大社宮司千家尊徳氏より寄贈されたものです。
奈義町教育委員会 昭和53年12月1日町指定史跡 (文:現地案内板より)(2018年1月20日撮影)

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ループ橋、ひらめの家跡、ドライブイン「チコ」跡(奈義町)

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 国道53号線の奈義町黒尾峠に架かっているループ橋を久しぶりに渡ってきました。この頃あまり通ることもなかったので、ドライブイン「チコ」が姿を消していたのも知りませんでした。津山方面から黒尾峠のトンネルを出るとすぐのところにあった、ドライブイン「チコ」は思い出多い所です。古き良き昔を忍びながら、あちこち行ってみました。(2020年8月10日・9月21日撮影)

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