徳守神社の夏越祭(わぬけ祭)がありました。(津山市宮脇町)
2014年7月23日(午後7時~)津山市宮脇町にある徳守神社で夏越祭(わぬけ祭)が行われました。
茅萱で作られた大きな茅の輪を抜けると無病息災の御利益があると昔から言われて大勢の人がこの茅の輪をくぐってお参りしておられました。それに子供から大人まで心待ちにしているのは縁日の屋台とお菓子投げでした。来年こそは一家で参加してご利益をいただこう。(徳守様の取材)
2014年7月23日(午後7時~)津山市宮脇町にある徳守神社で夏越祭(わぬけ祭)が行われました。
茅萱で作られた大きな茅の輪を抜けると無病息災の御利益があると昔から言われて大勢の人がこの茅の輪をくぐってお参りしておられました。それに子供から大人まで心待ちにしているのは縁日の屋台とお菓子投げでした。来年こそは一家で参加してご利益をいただこう。(徳守様の取材)
小田中笠松のカウントダウン花火(年忘れ花火大会)
https://www.e-tsuyama.com/report/2013/01/post-402.html
https://www.e-tsuyama.com/report/2012/01/post-107.html
泣清水の碑(美作国theミステリーの中で紹介されているミステリースポット)
この南に昔水田があり、東西に流れ落ちる水音が哀調をおびていたので、この地を泣清水と呼んだ。伝説に、父の仇討を首尾よく果たした清水鶴と亀の孝女姉妹が住んでいた哀愁の地。更に勝間田の「お花」が津山城下に赴く時、最後の別れを泣いて惜しんだ悲哀の地でもある。(2013年12月3日碑より)
2013年10月27日徳守神社の秋季例大祭が執り行われました。
津山市で400年以上続く日本三大神輿のひとつといわれている大神輿が、延べ170名の担ぎ手によって市中を巡行。それにお供を加えると総勢300名を超える、総延長500メートルに達する県内随一の大行列です。今年は美作国建国1300年の記念として、県重要有形民俗文化財だんじりを含む総勢21台(展示合せて22台)が祭り会場の奴通りに集結しました。(参考:岡山旅ネット)津山祭りの特集は、こちらです。
「手仕事のまちが蘇る アート&クラフト展」が10月6日(日)10:00~15:00作州民芸館周辺で執り行われました。秋の抜けるような青空の下、城西のなつかしい味が大集合!、模擬店広場で売り切れ御免フェア、お宝さがし、作州絣の実演、レトロ市場、木工教室など。また、ステージでは、津山ジュニアブラス、シティーブラス、城西まるごと合唱団の演奏をはじめさまざまなイベントも行われました。
もうすぐ待ちに待った津山まつりですね!
そんな、ソワソワした気分をもっと盛り上げてくれる催し「徳守祭 だんじり 衣装展」が津山市田町の城西浪漫館で10月23日(水)まで開催中です。津山総鎮守 徳守神社の氏子町内のご協力により、各町内からお借りした大切な半纏や着流しが展示されています。
こんなにたくさんの半纏をじっくりと近くでみることがなかったので、半纏や帯のデザイン、生地などそれぞれの町内で全く違い個性豊かなことに初めて気付かされました。
2013年2月3日(日)午後6時~2回目の豆まきです。
会場の徳守神社には大勢の親子さん、おばぁ~ちゃん、おじぃ~ちゃんが福を求めてお出でになっていましたよ。午後1時から福引きと矢守吉兆授与、午後3時30分から豆まきとみかん投げ、午後6時30分から鬼順次参入、午後6時40分から豆まきとみかん投げがありました。
その大きさと美麗さから、日本三大神輿のひとつといわれていますが根拠は不明です。(写真提供:津山市秘書広報室)
お問合せ:徳守神社(津山市宮脇町5 TEL 0868-22-9532)
津山城鉄砲隊は、「開運!なんでも鑑定団」でもおなじみの澤田平先生のご指導により設立されました。
澤田平先生は稲富流砲術の伝承者として、全国に約50ある鉄砲隊のうち、半数以上の設立、指導、訓練を行なってきている第一人者です。
津山城鉄砲隊は、澤田先生ご指導の下、これまで四国川之江や奈良の柳生の里で練習を積み、4月15日「津山さくらまつり」でデビューしました。お披露目に際しては、澤田平先生率いる大阪城鉄砲隊のメンバーも応援に駆けつけ、津山城鉄砲隊とともに演舞を行ないました。(津山城鉄砲隊は、城下町津山の歴史や文化を多くの人市民に知ってもらい、武家屋敷の保存や出雲街道の町並保存整備等につなげてゆくための活動組織として結成されました。)
鉄砲町には今も鉄砲同心屋敷が現存しており、市民にその存在と保存活動を理解してもらうために、江戸時代の鉄砲同心、子孫が発起人となり、津山で初めての鉄砲隊の結成となったものです。(2012年4月15日)