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取材記事内を検索ワード「茶」で検索した結果,249件の記事が見つかりました。

2016年スローライフ列車の旅・扇形こどもまつり

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【日程】平成28年5月14日(土)・15日(日)
    往路/津山駅発(12:03)→智頭駅着(14:43)
    復路/智頭駅発(14:50)→津山駅着(16:49)
【料金】
1号車・2号車...≪自由席≫JR所定の乗車区間運賃のみ
3号車 ...≪指定席≫乗車区間のJR所定運賃+座席指定料
        ※座席指定料:おとな520円、こども260円
     ※指定席は、JRみどりの窓口又は主な旅行会社でお買い求めください。

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2015年 第11回 院庄たかのりまつり

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第11回「院庄たかのり祭り」(春季大祭)が、2015年4月12日に執り行われました。毎年4月第2日曜日に行われるまつりは、多くの参詣者で賑わいます。今年は、さくらは既に散っていましたが、多くの老若男女が訪れて盛りだくさんのイベントを楽しんでおられました。また、作楽(さくら)神社は、鎌倉時代に美作(みまさか)守護職の館があったところで、境内全体が大正11年(1922)に国指定の文化財(院庄館跡)となっています。
(第9回 院庄たかのりまつり)

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七森神社(坪井下)

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七森神社(所在地 大谷神楽殿)
 祭神は、田心姫命(中瀛)・湍津姫命(海浜)・市杵島姫命(遠瀛)の三神です。
 いつの時代に勧請(神仏の分霊を迎える)されたかは定かではない。坪井下大谷の辺鄙の地に鎮座されていましたが、明治41年10月鶴坂神社に合祀されました。
 また、大谷山の芝草刈論争(大谷山論)で、江戸幕府に直訴以来勝訴になるまで坪井村の住民は、七森神社に必勝祈願を毎日続けたと云う。それ以来秋の祭礼は、10月17日に仕事を休み神様に感謝の意を表すことを決めたそうです。現在も坪井の若者が御神輿を担ぎ地区内を巡幸し、秋季大祭を盛り上げています。
 三神は、天照大神が須佐之男命と天の安河原にて御誓の時に生まれた神で、宗像にいて、筑紫国を治め、もっぱら天孫を助けたと云う。

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間山高福寺の由来(勝央町)

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間山(はしたやま)高福寺の由来
 開基は推古天皇の頃(592~628年)で聖徳太子によって、用明天皇紗勅願所として創建したと言われる。
 天平9年(737年)僧行基は当地を訪れ「上見てもまた下見ても天の川 中にそば立つはした山かな」と詠じてその景勝を称し、その後勅命を受けて、七間四面の金堂、五間四面の堂宇を建立して仏像を奉納するなどした。淳和天皇(820年代)の一時期この寺院内で国府の政務が行われるなどして繁栄を見たが、歳月を経て老朽化、衰微をたどりつつあった一条天皇の頃(986年~1011年)書写山の性空上人によって再興がはかられた。新たに山王七社を勧請、弁財天を祀り、数十のおよぶ僧院などを造り、東西に浴室を設け、山門を造営して金剛力士像を安置した。以前をしのぐ繁栄をもたらした。承久の(1221年)で後鳥羽上皇が隠岐島に配流の途次、本寺に参詣された。
 天正年間(1570年代)、三星城合戦の余波を受けて、大半が消失してしまった。(これについては、自然発火による火災説がある。)(2013年12月23日撮影)

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出雲街道と勝間田宿

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 出雲街道は出雲往来ともよばれ、古代には畿内から山陽道を通り播磨から出雲を結ぶ官道として機能していました。勝間田には古代の勝田郡衙が置かれ、古来人々や文物が行きかう交通の要衝として栄えていました。
 江戸時代に入ると、出雲松江藩や美作勝山藩・津山藩などの諸大名が江戸への参勤交代の交通路とするため、出雲街道が本格的に整備されていきます。それにともなって、各地に宿泊や人馬の継立てを行う宿場が設置されていきます。
 勝間田は参勤交代の宿場町として整備され、美作七宿のひとつとして発展しました。勝間田宿には、大名や供のものが泊まった旅舎が二つあり、主に津山藩主が宿泊した下山本陣と、松江・勝山藩主、宮家・勅使が宿泊した木村本陣がありました。

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2014 お月見会と竹灯籠(勝央町)

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2014年9月6日(土)に「第4回 お月見会と竹灯籠」(午後6時~午後8時30分)がおかやまファーマーズ・マーケット ノースビレッジでありました。テント村ではバーベキュー・焼きそば・お好み焼き・たこ焼きなど、また、お茶席ではお月見団子付き抹茶セット、お琴・金時太鼓・なのはなファミリー出演の夕べのコンサートもあって町内外の人で賑わいました。

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2015年 みまさかスローライフ列車

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2015年11月7日(土)みまさかスローライフ列車を追いかけてきました。子どもの頃の風情を思い出しつつ秋深まる因美線の駅を辿り、ついでに紅葉も満喫してきました。

津山駅を出発して、高野駅では、懐かしの昭和展、ポンポン菓子の無料配布。また、美作滝尾駅では、遠目から駅舎を撮影。映画「男はつらいよ」津山ロケ20周年写真・パネル展があったそうです。
美作加茂駅は、国内で最後まで腕木式信号機が使われていた貴重な駅だそうです。また、美作河井駅では、無料レンタル自転車を貸し出しや、「あば温泉または布滝(のんたき)」無料送迎バス運行されました。なんと参加費用無料だったそうです。【河井駅出発時の動画】

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2015年 衆楽園の観月会

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2015年9月28日(月)に衆楽園(迎賓館と周辺広場)で十六夜の観月会があり行って来ました。

当日は、お月さまが見え隠れして、中々お顔を覗かせてはくれませんでしたが、道を飾るトウロウは素敵な模様で彩られていて綺麗でしたよ。また、ダンチャイン(ベトナムの琴)の美しい音色が園内に響いていました。

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津山城(鶴山公園)観月と邦楽の夕べ

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2015年9月27日(日)18:30~20:30、鶴山公園動物園跡にて入場無料で「観月と邦楽の夕べ」がありました。日本舞踊から、歌、津山情緒保存会による津山民謡などが披露されました。今回初のイベント「石垣を彩る観月と邦楽の夕べ !」がありとても楽しめました。また、お茶席もあり、お団子いただきながら深まりゆく秋を堪能しました。

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瑠璃山 本光禅寺

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 長徳(995)のころより薬師如来を安置して、神徳寺と称す。
寛文(1661)のはじめ津山藩二代目森 長継黄檗の木庵禅師の高弟鉄堂に帰依し本光寺と改名
  東一宮中村七十五石六升六合、西一宮湯谷村七十四石九斗二升四合、計百五十石を禄高として再興、森家菩提寺となる。
元禄十年、森家改易と共に一時寺領退転となるも、森家の族、播州乃井野の城主、森對馬守長俊、同備中新見の城主、関備前守長治、同赤穂加里屋の城主、森和泉守長直等の諸侯より茶湯料として各高十石宛寄附あり。

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