西知和大師堂(加茂郷88カ所霊場11番札所)
西知和大師堂は、加茂町知和西知和にあり、内田さん宅の裏側の線路を渡った所にあります。ここは、内田さん宅の宅地内を通らせていただかなくてはならないので、木元さんがお手配くださいました。線路を渡らないといけない場所なので少し緊張しました。お祀りしてあるのは毘沙門天です。
この日は、運よく内田さんが居られて案内していただき無事にお詣りすることが出来ました。(先達は木元林造さん)(2022年10月4日撮影)
西知和大師堂は、加茂町知和西知和にあり、内田さん宅の裏側の線路を渡った所にあります。ここは、内田さん宅の宅地内を通らせていただかなくてはならないので、木元さんがお手配くださいました。線路を渡らないといけない場所なので少し緊張しました。お祀りしてあるのは毘沙門天です。
この日は、運よく内田さんが居られて案内していただき無事にお詣りすることが出来ました。(先達は木元林造さん)(2022年10月4日撮影)
2023年4月16日に行われた「第30回記念 津山加茂郷フルマラソン全国大会」と、昨年2022年4月17日に行われた「第29回 津山加茂郷フルマラソン全国大会」をまとめてみました。
2023年の今年の大会は、全国から集まった1,200人が、加茂町スポーツセンター総合グラウンドを出発して加茂地区や阿波地区を走り抜けました。今年は30周年の節目を記念して、備前市出身のロンドン五輪女子マラソン代表重友梨佐さんがゲストランナーで参加。沿道では大勢の方々が熱い声援を送っておられました。(第27回 津山加茂郷フルマラソン全国大会)
物見峠を越えて因幡国へ通じる県道(旧因幡街道)の改修について、以前この県道は、公郷から下津川までの間を松ヶ乢(たわ)越といって、現県道より上の山腹を通じていたが、明治中期頃に現在位置の道筋に変更されている。
この詳細については不明であるが、明治19年頃に勝北郡堀坂村より物見村までの改修工事が行われたことが、豊岡貢所蔵文書によってわかる。
また、桑原地内の旧道は、旧加茂東小学校前を通り、井手の上手から井手に沿って藤の木までであったが、これは昭和3年(1928)3月の因美線津山-加茂間の開通にともなって大改修が行われ、道筋も公郷・桑原両地内をほぼ直線で貫通する現県道筋となった。
その後、この道路は、昭和37年(1962)10月の県営黒木ダムの建設にともなう資材輸送のために拡幅・整備がなされ、翌38年春、工事が完しその両目を一新した。
このような道路変更にともなって町並も変わった、すなわち、因美線の開通以前には、往来筋に民家も建ち並んで「町屋敷」とよばれ繁盛していた旧道筋は、県道路線変更によってさびれていたので、これに沿った民家も次々と新県道沿いの場所へと移動していき、現在のような町並を形成するにいたった。
2022年4月5日さくら満開の因美線「美作滝尾駅」に行ってきました。美作滝尾駅は毎年「みまさかスローライフ列車」が停車して賑やかでもあり、背景には中世山城「医王山城跡」が見えます。
美作滝尾駅の駅舎北側にある、美作滝尾駅貨物上屋1号は1928年(昭和3)に設置され、「小停車場本屋標準図」第二号型完成直前の本屋は開業時の姿をとどめ、標準図と比較すべき貴重な建物としてこの度、推薦産業遺産として評価されています。
市内の推薦産業遺産は、「旧津山扇形機関車庫、転車台、津山文化センター、美作千代駅本屋、知和駅本屋、美作滝尾駅貨物上屋1号」で5件になります。(うわや:貨物の積み下ろしや荷捌きをした建物)
国道53号線から分かれて野村付近から岡山県道・鳥取県道6号津山智頭八東線に入り加茂川沿いに北へ向かうと、因美線の駅三浦駅(JR西日本)があります。
この三浦駅は、津山駅管理の無人駅で、駅舎はなく待合所があるのみで、直接ホームに入る形になっています。また、ローカル鉄道ファンにも人気の「みまさかスローライフ列車」が運行され、多くの鉄道ファンの人気駅です。春にはさくらのトンネルが撮り鉄ファンの撮影スポットとなっています。(2015年5月15日撮影)(前回2010年の取材はこちら)(2019年4月8日撮影)
2021年4月2日の三浦駅の満開のさくらのトンネルです。
週末から雨が予報されていたので、その前に三浦駅のさくら満開の様子を撮りに来ました。前回の撮影から2年ぶりですが、とても美しいさくらのトンネルは健在でした。この日は因美線の列車と満開のさくらのコラボを撮ろうと多くの撮り鉄ファンが来られていて盛んにシャッターを押しておられました。
多胡家 多胡勘右衛門 東北条郡綾部村 森藩~松平藩
大庄屋まで
多胡氏は、尼子氏の家臣として出雲国に居住していた。尼子氏滅亡後は宇喜多氏に仕え、医王山合戦では宇喜多氏の武将として戦っている。秀吉の朝鮮出兵に参加したといい、宇喜多氏滅亡後、綾部村に帰農した。吉兵衛が森藩の大庄屋に任命され、以後大庄屋を勤めた。
大庄屋として
大庄屋を勤めた多胡氏は、屋号を米山という。経済的に行き詰まり、安永5年(1776)大庄屋職を取り上げられ、その後再び大庄屋に任命された。栄二郎は第1次長州戦争に従軍した。(雲路日記)
2020年11月14日の夕暮れ時の阿波です。コロナ禍の中の阿波の光景ですが、秋が深まってくると一層シーンと静かに感じました。中でも尾所のさくらのあるこの場所は故郷と言う言葉にぴったりな光景です。また、少し奥に行くと深山渓谷の紅葉はとても奇麗です。
20194月9日の因美線知和駅のさくらです。前回取材させてもらった時には、小さな木でしたが、今では立派になって美しい花を咲かせています。(
2019年4月11日 B'zが平成のシングルとアルバム売上枚数が総合第1位(音楽情報会社オリコン 平成31年4月11日付)になり、ママをはじめ来店されていたファンの皆さんが、NHKさんの取材を受けておられました。
B'zが取り持つ縁でご結婚されたカップルや和服姿の方もおられ、店内は華やいでいました。カメラに向かって、大きな声で「B'zおめでとう!」の歓声が上がりました。松本さん、稲葉さん、令和の時代になっても益々ご活躍くださいね。