津山市(地域別)

不動明王(西下・西上)

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 不動明王の性格で特に際立つのが怨敵降伏の力である。右手に悪魔を断ち切る剣を持ち、左手に人を引き寄せる、あるいは悪魔を縛る羂索を持つ不動明王は、目を吊り上げ牙をむき出し怒りを表す忿怒の表情である。
 不動明王の刻像は十三仏の中にも見られるが、独尊としての石仏造立が多くみられ、造形形式には不動一尊のものと衿羯羅(こんがら)・制吨迦(せいたか)の二童子を脇侍とする三尊形式のものとがある。
 西下の不動明王:右手に構えた利剣、左手の風になびく羂索剣で衆生の煩悩を断ち切り索で迷える者を縛って仏道に導き、背後に猛煙が追っても動かず、不動の心を持って信仰の道を進めという仏法保護の像である。
 不動明王像は五大明王の中心的な存在で、大日如来の使者となり悪を断じ禅を修し真言行者を守護する役割を担っている。

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石敢當(西中・原)

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 沖縄や南西諸島及び九州南部で道路の突き当りや、門・橋などに「石敢當」の三文字を刻んで建ててある石碑で、中国伝来の民俗で悪魔除けの一種である。
「敢當」とは向かうところ敵が無いの意で、災いを除くために橋・門または路上などに石敢當の三文字を刻んで建てた石碑。
 中国伝来の民俗で悪魔除けの一種で、我が国に伝わり、九州地方ではよく見ることができ勝北中学校とに新野小学校にあり、災い除けの意で建てたものであろう。

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千手観音菩薩(大吉 五穀寺)

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 変化観音の一つで千手千眼観自在菩薩といい、千の慈眼・千の慈悲を持って衆生を済度するという。普通は胸前の合掌する両手を除き、左右ニ十手ずつの四十手像で、掌中に各一眼をもつ。
 一手はよく二十五有界の衆生を救うとされることから、四十手で合計千手となる。また十六手のものもあり、それらの手にはいずれも仏具類を持ち、頭上には一面・九面・十一面または二十七面のものもある。
 千手観音は十一面観音とともに奈良時代より庶民の信仰を集めている。石仏としては私達の身近に見られるこの仏は、手の数も頭上面も儀軌(この場合は仏像彫刻上の約束事)によらないものが多い。
 なお五穀寺にある石仏については十一面千手観音菩薩と思われるが、見る人によっては十一面観音菩薩と思われるかもしれない。

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まほらでいちご狩り。

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2019年2月17日に「まほらファーム」へいちご狩りに行って来ました。外は風がピューピューと吹いて寒かったのですが、ハウスの中はポカポカ陽気であったかです。一歩入ると、いちごのあま~い香りが漂って食欲をそそります。ハウスの中では沢山の家族や若者が夢中でいちごを食べていましたよ。

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茅町

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 西今町の西に連なる西寺町の更に西に接した町で、貞享年間(1684~1688)以前は茅屋町と書かれています。
 寛永以降商いを営む者ようやくここに移住し茅町と称す。しかしながら市街に属するを得ず、寛文(1661)中、安岡町の人、渡邊藤左衛門義信の請願により、始めて市街に列し、地租を免ぜられる。貞享3年(1683)茅町に改む。(『津山市史』第3巻より)
 もともと茅町は、城下の東西の一番端につくられた町といわれています。東の端にも萱屋町がありました。
 若宮神社は神様のお子神であり、碑に「元禄13年再建」と刻まれています。境内末社には亥子神社があり「いのこ石」が祀られています。多賀神社は長命延命の神として知られています。東側に樹齢約400年の大木のケヤキがあります。吉井川改修以前の堤防に植え付けられていたといわれています。

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津山土岐家歴史資料展

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  2019年2月10日(日) ・ 11日(月) 津山市田町の津山土岐家財団記念館にて、津山市制施行90周年記念事業「津山土岐家歴史資料展」がありました。津山土岐家から津山郷土博物館に寄贈した歴史遺産(津山松平藩士の甲冑、刀剣、書画など)数百点のうち、主な歴史資料十数点が公開されました。とても保存状態の良い品が目の前で拝見できました。

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馬頭観音(杉の宮・上村)

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 馬頭観音は大日様を本願とする馬の供養塔として建てられたものである。村にある2基の馬頭観音はどちらも建立年代が遅く、牛の守り神である大日様の石碑よりも数も少ない。
 この地方の農村はやはり牛が中心であって、近世になってから耕馬の導入が多くなり、そのため建立の時期とも符合するように思われる。
 馬車などの運搬手段による馬の利用が多くなり、一部の農家にとっては大きな収入源でもあった。牛の供養と同じように、死んだ馬の供養とともに無病息災を願い、大日如来の「種子」が石碑に刻まれている。

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津山洋学資料館冬季企画展「美作地域の華岡門人」

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 2018年12月1日(土) 2019年2月24日(日)9:00 〜 17:00まで、津山洋学資料館 企画展示室で、冬季企画展「美作地域の華岡門人」が開かれています。


 紀州(現在の和歌山県)の医師華岡青洲は、1804(文化元)年、世界で初めての全身麻酔による乳癌摘出手術を成功させました。青洲のもとには、その医術を学ぼうと全国からたくさんの医師が集まりました。美作地域からも、記録に残っているだけで30人以上の医師が、青洲やその後裔たちのひらいた医塾に入門しています。本展では、華岡流の医術を学び、地域の医療に貢献した美作の医師たちについて紹介します。
 主な展示資料...「華岡流外科医術絵巻」、「横山香杏一代記録」、華岡流外科器具、「乳巖図」など約30点(文:洋学資料館HPより)


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干し柿のブランデー漬け

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 2019年1月27日(日)城東むかし町家(梶村家)で "リピーター続出!大人の甘美なフルーツグルメ「干し柿のブランデー漬け」作り体験~西条柿に魅せられた田中農園ご自慢の逸品~" という「つやま小旅」体験プログラムがありました。丁度、お正月が過ぎても我が家に残っている「つるし柿」をブランデー漬けにしてみようと友人と参加して来ました。しかも瓶を2つ持ち帰りできてラッキーでした。紅茶といただくと更に美味しいですよ。

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神田(小田中)

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神田のおこり
 慶長9年(1604)に森忠政公が美作の太守として城下町を造る際に、各小川の流れを吉井川に集めました。当時は、紫竹川の支流が新田地区を流れていましたが、廃川となりそれが新田の開拓の源になったようです。

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