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安国寺の石林園は津山市指定文化財です。

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 2025年11月22日小田中の安国寺の裏庭の紅葉を撮らせていただきました。安国寺と言えばなんといっても一番は本堂裏の石林園です。この石林園は津山市指定文化財です。また、安国寺の梵鐘は岡山県指定重要文化財です。まず境内にはいるとすぐ右手に第35代内閣総理大臣平沼騏一郎の墓があります。そして本堂の裏側に回ると市指定文化財の石林園があります。境内に茶筅塚があるのを見て、十数年前まで安国寺では初釜があり、近隣からも多くのお茶の愛好家が集まっていたことを覚えています。

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「自然賛歌 美しきバルビゾン派の世界展」2025

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「自然賛歌 美しきバルビゾン派の世界展」が、山田養蜂場ギャラリー(岡山県苫田郡鏡野町)で、2025年10月3日(金)~2025年11月9日(日)まで、期間限定・完全予約制で特別公開されました。
 山田養蜂場ギャラリーは、期間限定ですが今までミレーやルソー、クールベ、モネ、ルノワールといった巨匠たちの名画を中心に約300点が公開されてきました。今回は、ジャン=バティスト=カミーユ・コローの油彩《霧の朝》が初公開されたほか、19世紀フランス版画作品約200点も新たに公開されました。年々行くたびにギャリーも増えているように感じました。県北にこれだけの作品が一挙に拝見出来るギャラリーがあることはファンにはたまりません。(2022年10月3日取材したもの

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大宮神社(美咲町百々)

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由緒
 本神社の創建は第43代元明天皇の御宇(708)と伝えられている。和気郷の旧社で和名抄所載神社の一つで、古くは御本殿が3間4面あったと舊記に記されている。
 慶長年間に火災に遭い、その時に仮に建てた御本殿が現在まで残っていたが老朽化が進み、平成9年から3ヶ年かけて募財を募り改築した。
 明和4年5月但州出石城主仙石越前守の祈願所となり、銀20枚の寄進があった。元弘2年(1332)3月後醍醐天皇が隠岐に流され遷幸される時、当社の境内にあたかも爛漫と咲いた桜の花をご覧になって暫しの間休憩され旅の疲れを癒され、お喜びになったと伝えられている。その時の大木が安政5年の暴風で倒れ明治39年に屋舎を建てて「大御幸桜」として保存している。
 御祭神は猿田彦大神で天孫降臨にあたり四方八方に分岐する道を守り教える神である。現代では交通安全の神としてまた、人の運命を開く神、全ての事を良き方に導く「みちびきの神」として信仰を集めている。(文:岡山県神社庁HPより転載)(2025年7月26日撮影)

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2026年 白加美神社で初詣

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2026年元旦、木造随身像のお顔がユニークで、とても親しみがもて、しばらく眺めてしまいました。

白加美神社縁起(約1220年前)
人皇第44代元正天皇(奈良時代)の御宇当国戸川の宿の北に現在地美しい五色の虹が輝き渡った。苫田縣主通憲が驚いて里人にその所を掘らしたところ数尺も掘らないうちに神代の霊物と思われる、とても美しい璽(たま)が出た。その時忽然としてひとりの老翁が現われ告げるには我はこの月輪田原に居る神である。
  この所に降居して久しいが、国人はまだこの地が霊地であること知らない汝を見るに心浄く性直で民を撫し敬神の念篤く「我は汝の誠心に感じ入っている。汝はこの神璽を奉崇しひもろぎを営んで天照大神より?がや草葺不合尊に至る五神を奉祭すれば陰陽五行和合し国土平安し国人安穏なるべし」そして忽ちその姿は見えなくなった。通憲はそのお告げを畏みそして急いでこの由を朝廷に奏上した。朝廷ではこのことを議しこれは国中に無双の霊地であろう、速に神の教に任にひもろぎを造営し、神璽を奉祭せよとの勅命が下った。時に養老4年であり養老7年3月19日に正遷宮が行われ朝廷から30町歩を神田として賜つた尓来朝廷尊崇し往時は当国戸川宿で毎月6度の市あり国人此地に会集し戝産を交易し当日集市の人は悉く当社に詣で戝貨土毛を奉じ福を祈り禍をはらった。
  その後森候入封の時社領は召し上げられ慶長19年忠政候が280石の社領を寄進、寛永12年長継候から20石、元禄9年長成候から20石を寄進せられた。森家廃絶後は社領を召し上げられたが松平家では封内八社として年々寄付米を奉納され明治に及んだ。
現在社殿は弘化年間の建造である。
現社殿は総欅造り神明造り(伊勢皇宮同型造り) 平成11年3月(文:案内より)

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日本のお正月体験

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 2025年12月14日、津山高等専門学校の留学生(インドネシア・カンボジア・マレーシア出身)の5人が、津山市田町のよしひら寿司前で、地域の人たちに教わりながら賑やかにもちつき体験をしました。
 午後からは、津山口にあるツモクボウルでボーリング大会で運動をした後、寮に戻り夕食にはそずり鍋体験やたこ焼き体験を楽しみました。この催しは市の「Welcome to 津山 留学生交流・サポート事業」の一環で、主催したのは、NPO法人津山国際交流の会です。

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2025 津山城もみじまつり・牛魔王秋の陣

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 故郷の魅力を再発見する秋。津山城もみじまつりが2025年11月15日~24日まで津山城(鶴山公園)で行われ、2025年11月16日に行ってきました。
 園内ではもみじまつりと同時開催で牛肉の秋(11月15日・16日)もあり賑わっていました。今年は着物姿の方をあちらこちらで見かけましたが、やはりお城にはきものがよく似合いますね。また、もみじの紅葉は始まったばかりですが広大な石垣と初々しいもみじの紅葉のコラボが見られ満足でした。

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中川伊平が建てた木造3階建ての家(取壊す前)

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取り壊し寸前の中川家の木造3階建ての家を記念に撮らせていただきました。
 このお宅は「知新館」や「翁橋」を設計した中川伊平(1905~1984)さんの自宅です。中川伊平さんは、平沼騏一郎氏の親戚で、当時、津山で建築家をしていたそうです。2018年8月残念ながら老朽化のため取り壊されました。(2018年3月撮影)

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修復の終った「第9室 極地・南米の動物」

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 2025年9月9月24日 ~ 28日につやま自然のふしぎ館の 大型はく製の修復作業が行われていて、見学希望者には見ることが出来るというので行ってきました。
 今回の修復は、つやま自然のふしぎ館、第9室の展示はく製(ミナミゾウアザラシ並びにホッキョクグマ)で、専門業者による本格的な修復作業が行われました。ただ、修復作業は第9室の柵越しなので、作業の邪魔をしてはいけないので少しだけ撮らせていただきました。後日、修復が終わり綺麗になったミナミゾウアザラシ並びにホッキョクグマも撮ってきました。
(修復は写真家村松桂氏が『つやま自然のふしぎ館展示の全はく製写真集』の発刊資金調達のために行ったクラウドファンディングで、あつめられた資金のうち、写真集の発行に必要な金額を越えたものを、つやま自然のふしぎ館にはく製修復費用として全額寄付され、その寄付を使って今回の修復は行われました。)(2025年9月28日・10月12日撮影)

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能義山法福寺観音堂(加茂郷88ヶ所霊場番外札所 番外)

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 当寺は公郷字高場にあって能義山法福寺の奥の院であり、聖観音を本尊とする。
 宝永6年(1709)の本堂扁額「能義山法福寺略縁起」によれば、開基は伝教大師最澄(767~822)と伝え、天文年中(1532~54)に山下村高山城主草苅加賀守衡継が寺領31石を寄付し、また大伽藍があったが、戦国の兵火によって本尊を除いて堂塔寺院一宇残さず焼失した。そして宝永6年(1709)に再興が完成したことを記している。(『東作誌』)。以降、西国「八十八ヶ所第16番とし、高場の観音と称し、霊験効しと群参」した(『東作誌』)しかし甲州の人、僧覚心が来住した頃ーおそらく天明2年(1782)大飢饉の前後と思われるが―は、寺は荒廃して「孤梟の栖」となっていた。覚心は「自ら土木を曳、石を荷ひ土を運び、他力を不借千辛万苦して功業を励」み「余力を以て近村隣村の道橋を埋」(『東作誌』)め、寺の再興の原動力となり、また村民によって堂宇が再建立され、奉献された(「軒札」、「飛地境内仏堂誤脱編入願」)覚心は「文化の初年寂すいへとも民今に至て徳を称す」と『東作誌』は書いているが、文化8年(1811)の石灯籠の願主は覚心であり(「飛地境内仏堂誤脱編入願」)覚心の死はその前後であろう。
 法福寺が公郷寺の「飛地境内仏堂」としての地位は寛政9年(1797)の法福寺鐘銘および完成12年(1800)の法福寺軒札が「菊水山公郷寺現在 権大僧都堅者法印霊怱謹誌焉」と記されていることに示されている。明治初年に登録もれがあり、明治41年に「公郷寺飛地境内仏堂」として願い出て、公郷寺に所属するものと認められた。
本尊聖観世音菩薩坐像は、『東作誌』に記され、伝教大師作と伝えられ、元県指定文化財であった。(文『加茂町史本編』より転載)

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